【登場本一覧】『スプートニクの恋人』に出てくる小説や作家まとめ

『スプートニクの恋人』登場本

村上春樹の九作目の長編小説『スプートニクの恋人』に登場する小説や作家をまとめて紹介します。

『スプートニクの恋人』は一冊に収まる中編小説的なボリュームにもかかわらず、村上春樹作品らしく世界的名著や文豪の名前が多数登場します。まとめてラインナップを見てみると、特に村上春樹自身の趣向が反映されているような作品群が見てとれます。

それぞれの小説や作家について、そしてそれらがどのように『スプートニクの恋人』に登場するのかについて解説していきます。

『スプートニクの恋人』と本の関係

『スプートニクの恋人』は本、とりわけ小説を主題の一つとして取り扱います。「小説はぼくにとって純粋に個人的な喜びであり、勉強や仕事とは別の場所にこっそりととっておくべきものだった」と語られています。

主要登場人物である「すみれ」は小説家を目指しており、彼女の好きな作家や小説についても言及されます。その「すみれ」と主人公の「ぼく」は「息をするのと同じくらい自然に、熱心に本を読んだ」と語られているほどの読書家です。あらゆる種類の小説を読み、有名な神田の古本屋街では一日中時間をつぶすことができたともいいます。

ぼくが旅先で出会って一夜をともにしたのも、いつも本を複数冊持ち歩いて旅行する本好きな女性です。

また新宿の紀伊国屋書店も登場します。まさに『スプートニクの恋人』は本というものと切り離せない関係にあるといえます。

『スプートニクの恋人』に出てくる本【一覧】

『スプートニクの恋人』登場本一覧

こちらが『スプートニクの恋人』に出てくる小説や作家の一覧です。以下、一つずつ作品についての紹介です。

1. オン・ザ・ロード

オン・ザ・ロード (路上)

『オン・ザ・ロード』は、1957年に出版された『路上』としても知られるジャック・ケルアックの代表長編小説です。ケルアック自身がモデルの主人公サル・パラダイスが仲間とともにアメリカ大陸を自由に旅していく。ケルアックはヒッピー文化やカウンターカルチャーの象徴であるビート・ジェネレーションの一人としても知られる。日本語訳は河出書房新社から『路上』のタイトルで1959年に出版され、2007年に青山南による新訳が登場して再度話題になりました。

【『スプートニクの恋人』での登場】

すみれは初めてミュウに会ったときに、ジャック・ケルアックの小説の話をしたと語られています。当時のすみれはケルアックにはまっていて、『オン・ザ・ロード』と『ロンサム・トラヴェラー』を上着のポケットに入れ、暇があれば読んでいたといいます

2. ロンサム・トラヴェラー

ロンサム・トラヴェラー (孤独な旅人)

『孤独な旅人』(本作では『ロンサム・トラヴェラー』として登場)はジャック・ケルアックのノンフィクション作品集です。アメリカ、メキシコ、モロッコ、イギリス、フランスを旅したケルアックの日記をまとめたもので、人間や土地について魅力的に語っていきます。1960年に出版され、1996年に新宿書房から中上哲夫による初の日本語訳が出版されました。のちに河出書房新社から文庫でも手に入るようになりました。

【『スプートニクの恋人』での登場】

すみれは『オン・ザ・ロード』とともに、暇さえあればページをめくっていた『ロンサム・トラヴェラー』の中でも、山火事監視の話に心を惹かれたといいます。その部分の一節も三行にわたって引用されています。

3. 三四郎

三四郎

『三四郎』は村上春樹が日本人作家の中で最も好きな夏目漱石の代表作の一つです。前期三部作の第一作として知られ、その後『それから』『門』へと続きます。明治末期を舞台に、九州から上京してきた小川三四郎の都会での生活が描かれます。『三四郎』は、村上春樹作品を英語圏に紹介する翻訳者ジェイ・ルービンが英訳を担当しており、その序文に村上春樹も寄稿しているからも、『三四郎』は村上春樹にとって特別な作品だということがわかります。

【『スプートニクの恋人』での登場】

ぼくが大学に入って初めての夏休みに北陸に一人旅した際に、八つ年上の本好きな女性と出会い、一夜をともにします。その経験を振り返り、「なんだか『三四郎』の冒頭の話みたいだな」と表現しました

4. ジェーン・エア

ジェーン・エア

『ジェーン・エア』は19世紀のイギリスの小説家シャーロット・ブロンテの長編小説で、各出版社の世界文学全集でも頻繁に収録される名作です。情熱と強い意志を持つ主人公の女性ジェーン・エアを描き、新しい女性像を提示しました。同じくブロンテ三姉妹の一人として知られるエミリー・ブロンテは有名な『嵐が丘』で知られています。

【『スプートニクの恋人』での登場】

すみれはミュウから仕事に来ていく用に、高価な服や靴をもらって来ます。そしてその洋服を着てすみれはぼくにその経緯を話し、「『ジェーン・エア』みたいな話だ」とぼくは言います

5. エヴゲーニイ・オネーギン

エヴゲーニイ・オネーギン

『エヴゲーニイ・オネーギン』は、19世紀前半のロシア文学を代表する詩人アレクサンドル・プーシキンの韻文小説です。主人公エヴゲーニイ・オネーギンがかつて愛を拒否した少女と再び恋に落ちる物語、多様なロシアの生活風景、自在な文体が特徴的な作品です。

【『スプートニクの恋人』での登場】

ぼくは本が好きなのにも関わらず、文学ではなく歴史学を専攻している理由について、「小説はぼくにとって純粋に個人的な喜びであり、勉強や仕事とは別の場所にこっそりととっておくべきものだった」と語っています。本を読んでものを考えるのは好きな一方で、学者向きの人間ではなかったと結論づけ、プーキシンの『エヴゲーニイ・オネーギン』から以下のような一節を引用します

諸国の歴史の出来事の
うずたかい塵の山など
あさる気はなかったけれど

6. バルザック全集

バルザック全集

フランスの小説家バルザックは村上春樹作品ではかなりの頻度で登場する作家で、『1973年のピンボール』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』などにもその名前が登場しました。本作では「バルザック全集」という形での言及でした。バルザックの全集に関しては、東京創元社から全26巻、藤原書店から『バルザック「人間喜劇」セレクション』として全13巻+別冊2巻が出版されました。

【『スプートニクの恋人』での登場】

すみれが姿を消し、ぼくはそのすみれと失われた側のミュウがいるであろう「あちら側」の世界について思い馳せます。そしてその世界にぼくの居場所はあるだろうかと自問し、すみれとミュウが愛を交わしている間、ぼくは一人で「バルザック全集でも読みながら時間をつぶしていることだろう」と想像します

7. オデュッセイア

オデュッセイア

『オデュッセイア』は紀元前8世紀頃の詩人とみなされているホメロスによる古代ギリシアの長編叙事詩で、同じくホメロス作とされる『イリアス』とともにヨーロッパ文学の原点的な存在として知られています。『オデュッセイア』は、タイトルがギリシア神話の英雄オデュッセウスに由来し、トロイア戦争後の物語を描きます。またオデュッセウスの息子テレコマスの物語も展開されます。

【『スプートニクの恋人』での登場】

ぼくは、ギリシャの島で姿を消したすみれを探すために出た旅から帰って来ます。そしてあるとき、ぼくのもとで電話のベルが鳴ります。受話器の向こうから聞こえることは、なんとすみれでした。「ねえ帰ってきたのよ」「いろいろと大変だったけど、それでもなんとか帰ってきた。ホメロスの『オデッセイ』を50字以内の短縮版にすればそうなるように」と言います。『オデュッセイア(オデッセイ)』ではオデュッセウスが長きにわたる漂泊の様子が描かれ、それは姿を消して「あちら側」を漂うすみれの存在と重なります。

『スプートニクの恋人』に出てくる作家【一覧】

1. ポール・ニザン

ポール・ニザンは20世紀前半のフランスの作家で、小説家としては『アントワーヌ・ブロワイエ』『トロイの木馬』『陰謀』の三作を発表しました。ちなみに現在フランスの人口統計学者として活躍するエマニュエル・トッドはポール・ニザンの孫です。

【『スプートニクの恋人』での登場】

ぼくとすみれが親しく話をするようになるきっかけになったのが「ポール・ニザンの小説」でした。大学近くのバス停でぼくが古本屋でみつけたポール・ニザンの小説の小説を読んでいるところに、すみれが今どきニザンなんか読んでいる理由を知りたがったのでした

2. スコット・フィッツジェラルド

スコット・フィッツジェラルドは20世紀前半のアメリカ文学を代表する作家で、村上春樹が最も愛する小説家のひとりと言えます。世界的に知られる『グレート・ギャツビー』がフィッツジェラルドの代表作ですが、本作では具体的な作品名は言及されません。その代わりに「魂の暗闇」という言葉が紹介され、これはフィッツジェラルドが自身の作品で使った表現です。のちに村上春樹が編訳した『フィッツジェラルド10 傑作選』のエッセイ三部作の第二部「貼り合わせる」では、「魂の漆黒の暗闇」と午前三時という時間が関連づけられています。

【『スプートニクの恋人』での登場】

すみれはミュウと出会った結婚式の二週間後の日曜日の夜明け前に、ぼくに電話をかけてきます。そしてぼくはあたりがまだ真っ暗なのを認識し、「かつてスコット・フィッツジェラルドが『魂の暗闇』と呼んだ時刻に近いらしい」と推測します。

3. グルーチョ・マルクス

グルーチョ・マルクスは20世紀にアメリカで活躍した俳優・コメディアンで、作家としても知られます。マルクス兄弟五人の三男で、舞台や映画を主な活動の場とし、中でもグルーチョは他の兄弟よりも長くテレビやラジオの世界で存在感を示しました。グルーチョ・マルクスをここでは作家としてリストアップしましたが、主な肩書きや本作での登場の文脈はやはり、喜劇役者ということになるでしょう。

【『スプートニクの恋人』での登場】

すみれは、ぼくよりもミュウのことが好きで、なによりも強く彼女のことを手に入れたいのだと打ち明けます。それに対してぼくは以下のような「グルーチョ・マルクスの台詞」を紹介します。「彼女はわたしに激しく恋をしていて、おかげで前後の見境がつかなくなっている。それが彼女がわたしに恋をした理由だ!」

4. ジョゼフ・コンラッド

ジョゼフ・コンラッドはポーランド出身のイギリスの作家で、1890年代後半から1920年代前半に主な長編小説を発表しました。本作では「ジョゼフ・コンラッドの小説を二冊」という言及に留まっていますが、他の村上作品(『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』など)に登場したコンラッドの小説や知名度を考えると、この二冊は『闇の奥』と『ロード・ジム』を指す可能性が高そうですね。

【『スプートニクの恋人』での登場】

ぼくはミュウから電話ですみれに何かが起きたためギリシャに来てほしいと言われます。そしてぼくは「ジョゼフ・コンラッドの小説を二冊」を荷物に入れます。成田空港からアムステルダムに向かう飛行機の上で、ぼくは集中してコンラッドを読んでいました

『スプートニクの恋人』登場本: まとめ

『スプートニクの恋人』でも素敵な小説がたくさん言及されていることがおわかりになったと思います。

フィッツジェラルド、ケルアック、コンラッドなど村上春樹作品ではお馴染みの英米文学の作家と作品が登場しました。また当初は日本の文壇とは距離を置き、海外の小説に没頭してきた村上春樹でも、夏目漱石はお気に入りの作家だと語っています。本作でも漱石の『三四郎』が喩えとして登場しますが、村上春樹作品の英訳を務めるジェイ・ルービンも『三四郎』を英語に翻訳し、村上春樹はそこに序文を寄せています。

【村上春樹の長編に登場する本や作家のまとめリスト一覧】

第1作『風の歌を聴け』に出てくる小説や作家まとめ

第2作『1973年のピンボール』に出てくる小説や作家まとめ

第3作『羊をめぐる冒険』に出てくる小説や作家まとめ

第4作『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる小説や作家まとめ

第5作『ノルウェイの森』に出てくる小説や作家まとめ

第6作『ダンス・ダンス・ダンス』に出てきる小説や作家まとめ

第7作『国境の南、太陽の西』に出てくる小説や作家まとめ

第8作『ねじまき鳥クロニクル』に出てくる小説や作家まとめ

第9作『スプートニクの恋人』に出てくる小説や作家まとめ


以下、村上春樹関連の記事をまとめたので、興味がありましたら、ぜひご一読ください。

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