村上春樹の四作目の長編小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』には、小説や作家の名前がたくさん登場します。図書館がひとつの重要なモチーフとなっていたり、主人公が読書家であることなども関係しています。
この記事では『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる本や作家名を網羅的にまとめています。また実際に小説のタイトルが明記されない場合もありますが、できる限り与えられた情報でそのタイトルを特定しようと努めました。
- 1 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と本の関係
- 2 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる本【一覧】
- 3 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』登場本: まとめ
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と本の関係
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』には実にたくさんの本が登場します。まず「世界の終り」パートでは図書館がひとつの舞台になっていますが、こちらでは具体的な書物は登場しません。一方で、「ハードボイルド・ワンダーランド」パートの現実世界では、主人公である「私」が図書館に勤める女の子とつながりを持つこともあって、実在している本も架空の書籍も登場します。
また「私」自身もかなりの読書家で、世界的な名著を含め、家にもかなり多くの小説を所有していたことがわかります。「私」と「図書館の女の子」との間での会話の中にも、作家の好き嫌いなど具体的な本のタイトルや作家名が登場します。
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる本【一覧】
それでは『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に登場する小説や、作家、その他の媒体の一覧をひとつずつ見ていきましょう。興味を持ったら実際に読めるように、現在手に入りやすい書籍も紹介します。
1. 時の旅人
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私が図書館の女の子に無理を言ってお願いごとをしたときに、彼女が読みかけていた文庫本がデスクの上に置いてありました。それが『時の旅人』というH・G・ウエルズの伝記の(下)だったと記されています。
2. 幻獣辞典
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
架空の書籍『動物たちの考古学』とともに図書館の女の子が私の家に持ってきてくれた一冊です。同様に巻末の参考文献にもリストアップされています。
3. 失われた世界
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私が図書館の女の子と一角獣について話しているときに、一角獣が絶滅を免れる可能性がある条件として天敵がいないことという話に発展します。そしてそのような状況を想像した際に、「たとえばコナン・ドイルの『失われた世界』みたいに土地が高く隆起しているか、あるいは深く陥没していること」と私が述べます。
4. ルージン
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私は部屋の中で記号士による強襲を受けます。その際にナイフで裂かれた腹を治療してもらった後、散らかった部屋でベッドに寝転んでツルゲーネフの『ルージン』を読みます。物語の後半でも図書館の女の子との会話で、私は好きな作家としてツルゲーネフを挙げます。
5. 春の水
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
上記の通り、私はベッドに寝転んで『ルージン』を読むわけですが、その際に「本当は『春の水』を読みたかった」と漏らしています。破壊された部屋で目当ての本を見つけるのは容易ではなく、「『春の水』が『ルージン』よりとくに秀れた小説であるというわけでもない」と自分を納得させます。
6. 87分署シリーズ
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私はツルゲーネフの『ルージン』を読みながら、ツルゲーネフの小説の登場人物には同情してしまうと語り、「87分署」シリーズの登場人物にだって同情してしまうとも言っています。
7. 赤と黒
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私は痛む腹を堪えながら、ベッドでツルゲーネフの『ルージン』を読み終え、次にこのスタンダールの『赤と黒』に取りかかっています。
8. パルムの僧院
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私は地下の通路で、うまく感覚を確認することができない下半身に神経を集中させながら、図書館の女の子とベッドに入ったときの不全を振り返っていました。しかし「ペニスを有効に勃起させることだけが人生の目的ではないのだ」と開き直り、「それはずっと昔にスタンダールの『パルムの僧院』を読んだときに私が感じたことでもあった」と述べています。
9. 農民
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私が地下から自宅に戻り、太った娘はベッドに寝転んでバルザックの『農民』を読んでいました。その後彼女は祖父を助けに行き、また『農民』読みたいがために私の部屋に戻ってきます。「この本とても面白いわ。何か運命の力のようなものを感じるわね」と語っています。
10. オズの魔法使い
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
博士に自分の運命を告げられた私は「永遠の生」もしくは「不死」について思いをめぐらせ、またその世界に存在する一角獣や高い壁のことについて考えます。そして「『オズの魔法使い』の方がいくぶん現実的であるような気がする」と述べています。
11. 緑色革命
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
地上に戻って最後の一日を過ごす私は、自己を変革させようとしていた若い頃を振り返り、「『緑色革命』だって読んだし、『イージー・ライダー』なんて三回も観た」とヒッピーをはじめとしたカウンターカルチャーに傾倒していたことが示唆されます。
12. 異邦人
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私が図書館の女の子と食事をしている際に、彼女は彼の口ぐせを指摘しながら「『僕のせいじゃない』というのは『異邦人』の主人公の口ぐせだったわね、たしか」と言います。彼女も『異邦人』は高校時代に読んだと語っています。
13. 剃刀の刃
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私は人生最後の日に、図書館の女の子と食事をし、「サマセット・モームならときどき読む」と語り、「『剃刀の刃』なんて三回も読んだ。あれはたいした小説じゃないけど読ませる」と評します。また別のシーンで、私は自分以外の何ものかになろうとしても結局は同じ場所に戻ってきたとこれまでを振り返り、私はそれを絶望と呼ぶのだろうかと自問します。しかしそれを「サマセット・モームなら現実と呼ぶかもしれない」と考えます。
14. フラニーとズーイ
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私は日比谷公園で図書館の女の子にどうして離婚したのかと尋ねられます。そして私は「旅行するとき電車の窓側の席に座れないから」「J・D・サリンジャーの小説にそういう科白があったんだ」と答えます。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』ではこの小説のタイトルは明言されませんが、『フラニーとズーイ』でズーイが「僕は列車に乗って旅行をするのがとても好きなんだ。結婚すると窓際の席に座れなくなってしまう」という発言をすることから、この作品で間違いないでしょう。また私はレンタカー事務所の女の子に好感を抱き、高校時代のクラスメイトを思い出します。彼女がサリンジャーとジョージ・ハリソンが好きだったと過去を振り返ります。
15. カラマーゾフの兄弟
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私は図書館の女の子に『カラマーゾフの兄弟』を読んだことはあるかを聞き、彼女はずっと昔にあると答えます。そしてもう一度読むことをすすめます。「あの本にはいろんなことが書いてある」と述べています。そして目を閉じて三兄弟の名前を思い出すシーンもあります。またそれより前の場面で、「ドストエフスキーの小説の登場人物には殆ど同情なんてしないのだが、ツルゲーネフの小説の登場人物にはすぐ同情してしまうのだ」とも語っています。
▽漫画版でさくっとあらすじをつかみたい方におすすめ!▽
16. ロード・ジム
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
日比谷公園で彼女と別れ、ひとりぼっちになってしまった私は空を見上げ、自分が海原に浮かんだ小さなボートのように感じられます。そして「大洋に浮かんだボートには何かしら特殊なものがある、と言ったのはジョセフ・コンラッドだ。『ロード・ジム』の難破の部分だ」と思いをめぐらせます。
その他『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる作家など
マルセル・プルースト
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私が博士の孫娘であるピンクスーツを着た女性と初めて会った時に、「音抜き」をされていた彼女が話す言葉が聞こえず、読唇術を使って話している内容を推測していました。その中で私は「プルースト」と解釈した部分がありました。
ウィリアム・シェイクスピア
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私は博士と会った後に、自分の頭から脳味噌を抜き取られて、頭蓋骨を火箸で叩かれる想像をします。そして死について思いを巡らせ、「今年死ねば来年はもう死なないのだ」というシェイクスピアの言葉を連想します。
アーネスト・ヘミングウェイ
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私は博士からもらった頭骨の置き場に困りますが、ヘミングウェイなら暖炉の上に大鹿の頭と並べておくだろうという想像をしています。
レオナルド・ダ・ヴィンチ
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
『幻獣辞典』の中の一角獣についての項目で、レオナルド・ダ・ヴィンチによる一角中の捕らえ方が記載されています(実際の本にしっかり書かれています)。
レフ・トルストイ
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私は何人かの作家や小説の名前を出しながら、その登場人物に同情できるか否かを考えます。ツルゲーネフの作品の登場人物には同情できると語り、自らが欠点の多い人間だから欠点の多い人間に対して同情的になりがちなことを認める一方で、「トルストイの場合はその欠点があまりにも大がかりでスタティックになってしまう傾向がある」と述べています。
トマス・ハーディ
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私の部屋にある大事なものは記号士に破壊されるわけですが、コンラッドとトマス・ハーディのひそやかなコレクションは水浸しになってしまいました。大事な本を台無しにされるなんて、、、本当に気の毒です。また私は、ツルゲーネフに加え、トマス・ハーディとフローベールが好きな作家だと答えるシーンもあります。
ジークムント・フロイト
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私は太った娘と共に彼女の祖父である博士を助けに行きますが、そこで再会した博士から物事の説明を受けている際に、フロイトとユングについて言及されます。
カール・グスタフ・ユング
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
上記のフロイト同様に、博士が私に思考システムについての説明をする中で、ユングの名前も出します。
J・G・バラード
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
自分の運命を知った私は、地下から地上に出て雨が降っていることに気づきます。人生最後の一日くらい晴れてほしい、そのあとは「J・G・バラードの小説に出てくるみたいな大雨が一カ月降りつづいたって、それは私の知ったことではないのだ」と考えるのでした。
ギュスターヴ・フローベール
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私は図書館の女の子との会話の中で、好きな作家として、ツルゲーネフとトマス・ハーディに加え、フローベールの名前を挙げています。
ジョン・アップダイク
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私は図書館の女の子との食事の後に彼女の家を訪れます。そこで聴いていたラジオではディスク・ジョッキーが秋に最初に着るセーターの匂いの話をしていて、私は「そういう匂いについての良い描写がジョン・アップダイクの小説の中に出てくる」と言いました。
毎日新聞
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私は博士からもらったプレゼントを家に帰って開けるわけですが、その箱の上に敷き詰められていたのが三週間前の毎日新聞でした。ということは博士は毎日新聞を購読しているということでしょうか。
とある近未来のSF小説
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
私は記号士に破壊された部屋を見て、「私は何年か前に世界が不要物で埋まって廃墟と化してしまう近未来のSF小説を読んだことがあるが、私の部屋の光景がまさにそれだった」と語っています。
スタンダールのいずれかの作品
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
博士のもとへ地下の暗い通路を通っていく際に、スタンダールに関して、「暗闇の中で抱きあうことについて何かを書いていた」が「タイトルは忘れてしまった」と私は語っています。
動物たちの考古学
【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】
図書館の女の子が私の家に一角獣についての本を持ってきた内の一冊が、バートランド・クーパー著『動物たちの考古学』でした。一角獣が存在しなかったとは限らないという立場からアプローチした本とのこと。村上作品には珍しい参考文献の一部としても記載されています。
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』登場本: まとめ
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』には、村上春樹作品ではお馴染みのロシア文学の巨匠たちドストエフスキー、ツルゲーネフ、トルストイをはじめ、フランス、イギリス、アメリカなど幅広い世界文学の作家たちが登場しました。これらは一生をかけて読む価値のある作家でしょう。
個人的には、一角獣という空想上の生物について調べるときに登場した書籍もまた架空のものかと思いましたが、『幻獣辞典』は実在していたことに驚きました。
村上作品の理解を深めるためにも、より充実した読書生活を送るためにも、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は有益なブックガイドとなりそうですね。
【村上春樹の長編に登場する本や作家のまとめリスト一覧】
→第2作『1973年のピンボール』に出てくる小説や作家まとめ
→第4作『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる小説や作家まとめ
→第6作『ダンス・ダンス・ダンス』に出てきる小説や作家まとめ
→第13作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』に出てくる小説や作家まとめ
以下、村上春樹関連の記事をまとめたので、興味がありましたら、ぜひご一読ください。
これまで長編小説を15作品と短編集を10作品発表してきた世界的な作家・村上春樹。 それだけ作品があると、どのような順番で読んだらいいのかわからない方も多いはずです。 今回は、村上春樹作品をこれから初めて読み始める方、すでに1~2[…]
村上春樹の幻の中編小説「街と、その不確かな壁」の存在は知っているでしょうか。今では入手困難な「街と、その不確かな壁」を手軽に入手して読む方法を解説していきます。 2023年4月13日に発売される村上春樹の新作長編のタイトルが『街と[…]
世界的作家である村上春樹の長編小説を英語で読んでみませんか? 今や世界中の言語で翻訳されている村上春樹作品ですが、特に英語圏での人気は圧倒的で、ほぼ全ての主要作品が英訳されています。そんな洋書は日本でも気軽に手に入れることができます。[…]
【関連記事】
耳で聴く読書「オーディブル」で、ついに村上春樹作品の取り扱いが始まります。 しかも2022年からオーディブルが聴き放題サービスへ移行し、村上作品も聴き放題の対象となります。 これまでオーディブルを使ってこなかった方も、村上春樹を[…]
「村上春樹を読んでみて、すごく好きだったから似ている作家はいないかな?」と思っている方 「村上春樹作品を読破して、次に読む本を迷っている、、、」という方 そんな方に、村上春樹に似た感じの作家のおすすめを紹介します。作[…]
作家としてだけでなく、翻訳家としても精力的に活動している村上春樹さん。そんな村上さんの主な翻訳対象はアメリカの小説です。村上さんがかねてから海外文学、特にアメリカ文学を好んで読んできたことは知られていますが、具体的にどの作家ようなに特別な思[…]