【登場本一覧】『風の歌を聴け』に出てくる小説や作家まとめ

『風の歌を聴け』登場本一覧

村上春樹作品にはたくさんの実在する作家や小説のタイトルが登場します。それはストーリーとは直接的にはあまり関係ないものもあれば、重要な役割を果たすものもあります。物語を読み解くための手がかりになったり、単純に次に読む本を決めるためのブックガイドとして活用することもできます。

この記事では、『風の歌を聴け』に登場する本をリストアップし、各作品簡単に解説します。そして「もっと『風の歌を聴け』の世界を掘り下げたい「村上春樹がどのような本や作家に影響されてきたかを知りたい」というような方の役に立てれば幸いです。

また『風の歌を聴け』は本や読書というものにどれほど密接に結びついているかについても考えてみたいと思います。

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登場本&作家まとめ

村上春樹の長編小説全15作に登場する本199冊+α全てを紹介します。 すべての読書家たちへ。ついに村上春樹の全長編小説に登場する本や作家をまとめあげました。 世界的作家である村上春樹の作品には実に多くの本が登場します。それは少年[…]

村上春樹の長編全15作に登場する本まとめ

『風の歌を聴け』と本の関係

村上春樹のデビュー長編小説 (実質的には中編程度の長さですが)『風の歌を聴け』を読んでまず多くの人が抱く疑問として、「デレク・ハートフィールドという作家は実在するのか?」という点でしょう。その点についても、以下の作家リストで解説します。とにかく『風の歌を聴け』には、実在の作家や小説を含め、多くの名前が登場します。

また、主人公の「僕」は作家を生業にしていますし、その相棒的な存在である「鼠」はおそろしく本を読まない人物ですが、「僕」の影響もあってか本を読むようになっていきます。「僕」が寝た三番目の相手として文学部の仏文科に所属していた女性が紹介されます。

今後の村上春樹作品には、もれなく小説や作家の名前が多数登場しますが、この第一作目からそのような傾向があったということです。

『風の歌を聴け』に出てくる本【一覧】

『風の歌を聴け』登場本一覧 (第二版)

それでは村上春樹のデビュー長編小説『風の歌を聴け』に出てくる本のタイトルや作家を紹介していきたいと思います。

村上作品には、一生に一度は読みたいというような世界的な傑作文学についての言及も少なくないので、ぜひ機会があればそのような小説に挑戦したいものですね。

1. 感情教育

感情教育

『ボヴァリー夫人』などで知られるフランスの小説家ギュスターヴ・フローベールの作品です。『感情教育』は1869年に出版された、『ボヴァリー夫人』『サランボー』に続くフローベールの三作目の長編小説です。岩波文庫と光文社古典新訳文庫で読むことができます。
【『風の歌を聴け』での登場】

僕が鼠と会話しながら読んでいた本がフローベールの『感情教育』で、僕は「生きてる作家になんてなんの価値もないよ」という名言も残しました。

2. 熱いトタン屋根の猫

熱いトタン屋根の猫

『熱いトタン屋根の猫』はアメリカの劇作家テネシー・ウィリアムズによる戯曲です。1958年にリチャード・ブルックス監督によって映画化もされています。小説の和訳は絶版で気軽に読める感じではありませんが、これまで和訳されたタイトルは『やけたトタン屋根の上の猫』や『やけたトタン屋根の猫』です。

【『風の歌を聴け』での登場】

僕がジェイズ・バーの洗面所に寝転がっていた四本指の女性を部屋まで送り届けて、翌朝目覚めた彼女にことの経緯を説明している最中に問いかけた質問が「ところで『熱いトタン屋根の猫』を読んだことあるかい?」でした。

3. 壊れる (The Crack-Up)

壊れる

誰の言葉かは「忘れた」として明示されませんが、鼠の引用にはF.スコット・フィッツジェラルドの『The Crack-Up (壊れる)』からのものが見られます。『The Crack-Up』は『グレート・ギャツビー』で知られるフィッツジェラルドによって、1945年に出版されたエッセイ集です。これは2023年に村上春樹編訳によって出版された『フィッツジェラルド10 傑作選』にも収録されています。「壊れる」「貼り合わせる」「取り扱い注意」の三部作で構成されたエッセイです。

【『風の歌を聴け』での登場】

鼠は以前僕と話してからたくさん本を読んだと語り、フランスの映画監督・ロジェ・ヴァディムの言葉を引用します。加えて、フィッツジェラルドの引用も見られます。鼠はその言葉が誰のものか忘れたと言いますが、「優れた知性とは二つの対立する概念を同時に抱きながら、その機能を充分に発揮していくことができる、そういったものである。」という一節はフィッツジェラルドのエッセイ「壊れる (The Crack-Up)」から引用されたものです。その直後の会話で、夜中の3時についての言及がありますが、これもフィッツジェラルドの言う「魂の漆黒の暗闇」の時間帯ということを想起せずにはいられません。またフィッツジェラルドの名前自体は『風の歌を聴け』の別の箇所でも見られます。デレク・ハートフィールドについて紹介される際に、彼の同時代の作家として言及されているのがアーネスト・ヘミングウェイとスコット・フィッツジェラルドでした。

4. 魔女

魔女

『魔女』は19世紀のフランスの歴史家ジュール・ミシュレによる小説で、いわゆる魔女狩りの対象となってきた「魔女」が主題です。ルネサンス期に弾圧されてきた民衆の女性の悲惨な姿を描いた作品。『風の歌を聴け』の中では篠田 浩一郎訳による一節が引用されており、すでに絶版ですが岩波文庫で上下巻が読めます。

【『風の歌を聴け』での登場】

第21章で、三人目のガールフレンドが死んだ半月後の僕が読んでいた本としてミシュレの『魔女』が登場します。このフランスの小説は、自殺してしまった彼女が仏文科だったことも関係しているのでしょうか。

5. キリストは再び十字架にかけられる

キリストは再び十字架にかけられる

『キリストは再び十字架にかけられる』は1950年代前半のギリシャの小説家ニコス・カザンザキスによる本で、1948年に出版されました。和訳も複数バージョン出ていて、今でも大学書林や教文館による出版のものは比較的手に入りやすそうです。

【『風の歌を聴け』での登場】

おそろしく本を読まない鼠がガードレールに腰かけて読んでいた本で、本作では「再び十字架にかけられたキリスト」というタイトルで登場します。

6. ジャン・クリストフ

ジャン・クリストフ

フランスの小説家ロマン・ロランによる長編小説で、1904年に全10巻で刊行された。ロランがノーベル文学賞を手にした作品としても知られる。ドイツを舞台に音楽家クリストフを主人公にした大作で、クラシック音楽に精通している村上春樹の音楽への興味の起源はもしかしたらこのあたりにあるのかもしれませんね。

【『風の歌を聴け』での登場】

作中に登場する架空の作家デレク・ハートフィールドの著作『虹のまわりを一周半』にて人生について語る箇所で、ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』が言及されています。

7. 戦争と平和

戦争と平和

『戦争と平和』は、村上春樹作品ではお馴染みのロシアの巨匠レフ・トルストイの長編小説です。『アンナ・カレーニナ』などと並んでトルストイの代表作の一つです。名作だけに岩波文庫、新潮文庫、光文社古典新訳文庫など楽しめる選択肢は豊富です。

【『風の歌を聴け』での登場】

作中に登場する架空の作家デレク・ハートフィールドが常々批判的だったとする作品がこのトルストイの『戦争と平和』でした。

8. フランダースの犬

フランダースの犬

『フランダースの犬』を知らない人はいないと思いますが、イギリスの女性作家ウィーダによる19世紀の傑作児童文学です。子どものときから世界文学全集を読んでいた村上春樹が『フランダースの犬』に思い入れを持っていても不思議ではありません。

【『風の歌を聴け』での登場】

トルストイの『戦争と平和』を批判していたデレク・ハートフィールドが一番気に入っていた小説として挙げられるのが『フランダースの犬』です。村上春樹自身が愛読していたとしても、作中ではあくまでデレク・ハートフィールドが好きな小説として登場します。

9. カラマーゾフの兄弟

カラマーゾフの兄弟

『カラマーゾフの兄弟』は、ロシアの文豪フョードル・ドストエフスキーの言わずと知れた最後の長編小説です。『カラマーゾフの兄弟』は村上春樹がしばしば言及し、「世の中には二種類の人間がいる。『カラマーゾフの兄弟』を読破したことのある人と、読破したことのない人だ。」とまで言わしめる彼の中でも最も重要な小説のひとつです。主な日本語訳を古い順に並べると、岩波文庫(全4巻)が1957年、新潮文庫(全3巻)が1978年、光文社古典新訳文庫(全5巻)が2006年、となっています。

【『風の歌を聴け』での登場】

僕によって後日談的に語られる鼠は、まだ小説を書いていて、そのいくつかのコピーを毎年クリスマスに送ってくるといいます。一昨年に送られてきたものが、「『カラマーゾフの兄弟』を下敷きにしたコミック・バンドの話だった」と振り返られています。

その他特定が難しい本など

10.「女が書いた小説」

具体的なタイトルは明言されていませんが、鼠が最後に読んだ本として以下のような手がかりが提示されています。女性作者、主人公は有名なファッションデザイナーで30歳ばかりの女性、彼女は不治の病に冒されてると信じこんでいる、海岸の避暑地に行ってあらゆる場所でオナニーする。残念ながら、今のところ、これらのヒントから本を特定することはできていない現状です。もし実在していて、特定できた方がいたら教えてください笑

【『風の歌を聴け』での登場】

鼠は最後に本を読んだのは去年の夏で、その題も作者も忘れたと話します。女性作家による本で、30歳のファッションデザイナーが不治の病に冒されてると信じているという筋を紹介します。

11.「ヘンリー・ジェームズのおそろしく長い小説」

小説のタイトルは明言されませんが、「ヘンリー・ジェームズのおそろしく長い小説」という形で登場します。ヘンリー・ジェイムズの中で特に長い作品というと、たとえば『ある婦人の肖像』は岩波文庫で400ページ弱が上下の二巻、『金色の盃』は講談社文芸文庫で600ページ弱が上下の二巻があります。ヘンリー・ジェイムズは、アメリカ生まれで主な執筆活動の場をイギリスとした作家です。代表作には『ねじの回転』『ある婦人の肖像』『鳩の翼』などがあります。特にアメリカとヨーロッパの文化的対立や、道徳的葛藤をテーマにした作品が多いのが特徴です。モダニズム文学の先駆者としても評価されています。

【『風の歌を聴け』での登場】

僕はジェイズ・バーで鼠が「ヘンリー・ジェームズのおそろしく長い小説」を読んでいるところを目にします。

12. ロジェ・ヴァディムの引用

村上春樹は雑誌『カイエ』の1979年8月号の中で、このロジェ・ヴァディムの引用については、はっきり覚えていないがどこかの映画雑誌に出ていたと語っています。つまりこの引用の裏には、この「どこかの映画雑誌」の存在が隠れているわけです。

【『風の歌を聴け』での登場】

鼠が読んだ本から、いくつか引用が持ち出されます。一つは上述の通り、フィッツジェラルドのエッセイ「壊れる (The Crack-Up)」からのものでした。もう一つは「私は貧弱な真実より華麗な虚偽を愛する」というフランスの映画監督・ロジェ・ヴァディムの言葉です。

『風の歌を聴け』に出てくる作家【一覧】

1. アーネスト・ヘミングウェイ

アーネスト・ヘミングウェイはアメリカの作家で、簡潔で力強い文体が特徴です。『老人と海』で1953年にピュリッツァー賞を、1954年にノーベル文学賞を受賞しました。代表作には『武器よさらば』や『誰がために鐘は鳴る』などがあり、戦争や愛、生と死をテーマに描かれています。ヘミングウェイは第一次世界大戦やスペイン内戦に従軍し、それらの経験が作品に強い影響を与えています。

【『風の歌を聴け』での登場】

物語の序盤で、デレク・ハートフィールドについて紹介される際に、彼の同時代の作家として言及されているのがアーネスト・ヘミングウェイとスコット・フィッツジェラルドです。ということはデレク・ハートフィールドはロストジェネレーションの作家という位置付けになります。

2. モリエール

モリエールはフランスの劇作家、俳優で、フランス古典喜劇の巨匠です。彼の作品は社会風刺に富み、人間の偽善や愚かさを笑いに包んで描きました。代表作には『タルチュフ』、『人間嫌い』、『守銭奴』などがあり、特に宗教や権威に対する鋭い批判が特徴です。

【『風の歌を聴け』での登場】

四本指の女性が僕の電話番号を知るべく、ジェイズ・バーに行ったときに鼠が読んでいたと思われるのが、モリエールだったと言います。

3. レイ・ブラッドベリ

レイ・ブラッドベリは、アメリカの作家で、主にSFやファンタジー作品で知られています。代表作『華氏451度』は、未来社会における書物の焚書をテーマにし、表現の自由や個人の尊厳を問う深い物語です。また、『火星年代記』では人類の火星移住を描き、技術と人間性の衝突を探求しました。

【『風の歌を聴け』での登場】

デレク・ハートフィールドの中でも異色な短編小説「火星の井戸」が紹介される場面で、その作品について、レイ・ブラッドベリの出現を暗示させるようだと説明されています。

デレク・ハートフィールドは実在するのか

『風の歌を聴け』で象徴的な存在として登場するデレク・ハートフィールドは、実在する作家なのか、というのは誰しも一度は疑問に持つでしょう。結論から言えば、ヘミングウェイやフィッツジェラルドといったアメリカ文学を代表するような作家と同時代の作家として語られますが、実際にはデレク・ハートフィールドはこの小説の架空の存在です。

デレク・ハートフィールドは架空の作家ですが、実在していたかのように語る村上春樹はさすがですし、デレク・ハートフィールドの具体的な著作名にも堂々と言及します。

以下、デレク・ハートフィールドの著作名リストです。

  • 『気分が良くて何が悪い?』
  • 『虹のまわりを一周半』
  • 『火星の井戸』
  • 『冒険児ウォルド』

しかしここでは実在か架空かという論点はあまり意味をなさないような気がします。『風の歌を聴け』という作品にとって、そして村上春樹という作家像にとって重要でさえあればいいからです。デレク・ハートフィールドについてはこのように語られています。

僕は文章についての多くをデレク・ハートフィールドに学んだ。殆んど全部、というべきかもしれない。不幸なことにハートフィールド自身は全ての意味で不毛な作家であった。読めばわかる。文章は読み辛く、ストーリーは出鱈目であり、テーマは稚拙だった。しかしそれにもかかわらず、彼は文章を武器として闘うことができる数少ない非凡な作家の一人でもあった。──『風の歌を聴け』

そして彼の作家人生は、衝撃的な形で終わりを迎えます。

1938年6月のある晴れた日曜日の朝、右手にヒットラーの肖像画を抱え、左手に傘をさしたままエンパイア・ステート・ビルの屋上から飛び下りたのだ。──『風の歌を聴け』

『風の歌を聴け』登場本: まとめ

『風の歌を聴け』と『熱いトタン屋根の猫』

以上が村上春樹のデビュー小説『風の歌を聴け』に登場する本や作家の一覧とその解説でした。読んでみようと思った本はありましたか?

ヘミングウェイやフィッツジェラルドは村上春樹が愛読してきて、大きな影響を受けてきた作家として有名ですが、ロシアの文豪たちへの造詣も深くトルストイ、ドストエフスキーについてもしばしば言及されます。今回紹介した『戦争と平和』『カラマーゾフの兄弟』あたりは読んでおいて損はない作品でしょう。

以下、村上春樹関連の記事をまとめたので、興味がありましたら、ぜひご一読ください。

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