村上春樹の第八作目の長編小説にして、最高傑作のひとつ『ねじまき鳥クロニクル』に登場する本や作家についてまとめてみました。
『ねじまき鳥クロニクル』には海外文学の王道小説から神話の物語まで多くの書物や作家の名前が登場します。また村上春樹作品では珍しい巻末の参考文献も付されている点にも注目です。
『ねじまき鳥クロニクル』の物語をより深く楽しむために、登場する本やその中に登場するフレーズやモチーフについて知っておきましょう。
『ねじまき鳥クロニクル』と本の関係
『ねじまき鳥クロニクル』の中で、主人公の「僕」は図書館で本を借りたり、自宅で本を読んだりと、日常的に読書の習慣を持っていることがわかります。一方で他の多くの村上作品とは違って、「僕」をはじめとする登場人物たちが小説を読むシーンは出てきません。小説などは比喩でタイトルが使われたり会話の中で言及される程度に留まります。
会話の中で、神話や童話、古い詩などから有名な一節が引用されることも多々あります。また村上春樹作品ではあまり多くないですが、『ねじまき鳥クロニクル』では巻末に参考文献が記されています。
ではいったい『ねじまき鳥クロニクル』の中ではどのような本や作家がどのようなシーンで登場するのでしょうか。一つずつ見ていきましょう。
『ねじまき鳥クロニクル』に出てくる本【一覧】
1. 王様の耳はロバの耳
【『ねじまき鳥クロニクル』での登場】
クミコが僕に対して強いあたりをしたときに、僕はどうして誰にもあたらないのかと聞きます。そして僕の中には深い井戸のようなものがあって、そこに「王様の耳はロバの耳」って叫ぶといろんなことが解消するのではとクミコは考えます。
2. カラマーゾフの兄弟
【『ねじまき鳥クロニクル』での登場】
僕は加納マルタと初めて待ち合わせするときに外見の特徴を教えます。しかしこれといって人目を引くほどの外見的特徴は思い付かず、代わりに「『カラマーゾフの兄弟』の兄弟の名前を全部覚えている」という珍しい言うなれば内面的特徴について考えます。
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3. ガリヴァー旅行記
【『ねじまき鳥クロニクル』での登場】
僕が加納マルタに名前だけが書かれた不思議な名刺を受け取った際に、常に相手に電話をかけるのは彼女の方からだという説明を受けます。そのときに僕がうった相槌に関して、「『ガリヴァー旅行記』に出てくる空に浮かんだ島みたいに、テーブルの上空にしばらくのあいだ虚しく漂っていた」という比喩が使われます。『ダンス・ダンス・ダンス』では雲を「『ガリバー旅行記』に出てくる空に浮かぶ国」に喩えました。
4. 武器よさらば
【『ねじまき鳥クロニクル』での登場】
僕は加納マルタに予言された電話を待つ間にスパゲティーを作ります。食欲がない一方で、『武器よさらば』に出てくる、妻の出産を待ちながら、次から次へと食事を続ける主人公のことを思い出します。
5. オズの魔法使い
【『ねじまき鳥クロニクル』での登場】
真っ暗な井戸の底で長いこと集中してものを考えた疲れで、僕は頭が痛み、体じゅうが軋み、「『オズの魔法使い』に出てくる錆びついて油の切れたブリキ人形」になった気がします。
6. ジャックと豆の木
【『ねじまき鳥クロニクル』での登場】
僕は意を決して、過去のクミコからの手紙など思い出が詰まった箱を、庭で焼き払います。そのときに立ち上った白い煙を見て、『ジャックと豆の木』に出てきる巨大な木を連想します。
7. その男ゾルバ
【『ねじまき鳥クロニクル』での登場】
僕は購入したギリシャの旅行ガイドでクレタ島について調べます。そしてカザンザキスがクレタ島を舞台にして『その男ゾルバ』を書いた、ということを知ります。
8. オイディプス王
【『ねじまき鳥クロニクル』での登場】
牛河が初めて僕のもとを訪れ、伝書鳩のような自分の仕事について愚痴をこぼします。その中で毎日が「スフィンクスの謎かけ」みたいなものだと言います。
9. Devotions upon Emergent Occasions
【『ねじまき鳥クロニクル』での登場】
牛河が勝手に僕のもとに押しかけて最後に「人は島嶼にあらず」という言葉を残していきます。僕に協力してほしいがために、僕の孤独を煽っているようにも聞こえます。
10. 大学
【『ねじまき鳥クロニクル』での登場】
前述の「人は島嶼にあらず」とともに、牛河が僕に対して別れ際に「小人閑居して不善をなす」という言葉も並べて残していきます。
11. アラジンと魔法のランプ
【『ねじまき鳥クロニクル』での登場】
綿谷ノボルの伝書鳩的な役割を全うする牛河が、今の自分は子供の頃に読んで同情した『アラジンと魔法のランプ』でいいようにこき使われるランプの魔人のようになってしまっていると言います。
その他特定が難しい本など
12. 「戦前の日本による満州経営と、ノモンハンにおけるソ連との戦争に関する本」
【『ねじまき鳥クロニクル』での登場】
井戸の底にいた加納クレタが姿を消したかと思うと、真夜中に目を覚ました僕の隣で彼女が眠っていました。そしてそのまま僕は居間のソファに横になって、「戦前の日本による満州経営と、ノモンハンにおけるソ連との戦争に関する本」を読みます。これは間宮中尉の話を聞いて以来その時代の中国大陸んぼ情勢に興味を持ち、図書館で借りた数冊のひとつだといいます。本作の第一部と第三部の巻末には、多くの参考文献が記されています。後ほど紹介しますが、僕がここで読んでいる本もその中の一冊かもしれません。
13. 「古いロシアの小説」
【『ねじまき鳥クロニクル』での登場】
僕が思い出の手紙などを庭でサラダオイルをかけて焼く一方で、「古いロシアの小説」では多くの場合手紙は冬の夜に暖炉で焼かれるのだといいます。
14. 「ギリシャの旅行案内書」
【『ねじまき鳥クロニクル』での登場】
加納クレタは僕と二人でギリシャのクレタ島に行って新しいスタートを切らないかと誘います。僕は迷いながらもその気になって新宿の紀伊國屋書店で「ギリシャの旅行案内書」を二冊買い、レストランに入って読みます。
『ねじまき鳥クロニクル』に出てくる作家【一覧】
1. アレン・ギンズバーグ
【『ねじまき鳥クロニクル』での登場】
加納マルタはマルタ島に三年いたことがあると言います。そしてその島の特定の場所には特別な水が湧き、それをアレン・ギンズバーグも飲みに来たと話します。
2. カフカ
【『ねじまき鳥クロニクル』での登場】
弁護士事務所に勤めていた僕はかつて遺言状を作成するために、入院している依頼人と会うために病院に通っていました。そこでクミコとも出会ったわけですが、その病院の待合室にいた人々は陰気な顔をしていてムンクが「カフカの小説」のために挿絵を描いたらこうなるだろうという想像をしました。
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『ねじまき鳥クロニクル』の参考文献
村上春樹の長編小説の巻末には、まれに参考文献が記されています。『ねじまき鳥クロニクル』の第一部と第三部には参考文献が付されており、その全てが実在の書物です(村上春樹は、この参考文献の箇所に架空の本を記載することもあります)。しかも全てがノモンハン戦(満州国、モンゴル、日本軍、ソ連を含む)に関する文献です。本作では、ノモンハンにおける戦争というのが物語上重要な役割を果たしていますが、その内容の多くがこれらの参考文献によるものと推測できます。
『ねじまき鳥クロニクル―第1部 泥棒かささぎ編―』参考文献
- 『ノモンハン美談録』忠霊顕彰会
- 『ノモンハン空戦記 ソ連空将の回想』ア・ベ・ボロジェイキン
- 『ノモンハン戦 人間の記録』御田重宝
- 『ノモンハン戦記』小沢親光
- 『静かなノモンハン』伊藤桂一
- 『私と満州国』武藤富男
- 『日本軍隊用語集』寺田近雄
- 『ノモンハン 上下 −草原の日ソ戦-1939−』アルヴィン・D. クックス
- 『満州帝国 I・II・III』児島襄
『ねじまき鳥クロニクル―第3部 鳥刺し男編―』参考文献
- 『満州国の首都計画 東京の現在と未来を問う』越沢明
- 『Beria: Stalin’s First Lieutenant』Amy Knight
ちなみに村上春樹はノモンハンについて、小学校のときに強く惹かれ、その後招かれたアメリカの大学の図書館にはなぜかその類の本が充実したために再度興味を持つきっかけとなった、と語っています。
『ねじまき鳥クロニクル』登場本: まとめ
『ねじまき鳥クロニクル』ではカフカやヘミングウェイなど村上春樹作品ではお馴染みの作家や、最頻出レベルのドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』などが登場しました。
また『オイディプス王』やジョン・ダンの詩などのように、本のタイトルは明記されていませんが、示唆されている内容や台詞から書物を特定できるものもいくつかありました。
参考文献に記されているノモンハン関連の書籍も、絶版のものも多いですが実際に読むことは可能なので、興味がある方はぜひ読んでみるといいかもしれません。
【村上春樹の長編に登場する本や作家のまとめリスト一覧】
→第2作『1973年のピンボール』に出てくる小説や作家まとめ
→第4作『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる小説や作家まとめ
→第6作『ダンス・ダンス・ダンス』に出てきる小説や作家まとめ
→第8作『ねじまき鳥クロニクル』に出てくる小説や作家まとめ
以下、村上春樹関連の記事をまとめたので、興味がありましたら、ぜひご一読ください。
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