【登場本一覧】『1973年のピンボール』に出てくる小説や作家まとめ

『1973年のピンボール』登場本

この記事では、村上春樹の二作目の長編小説『1973年のピンボール』に登場する本のタイトルや作家名を紹介します

前作『風の歌を聴け』に登場する本や作家名についてもこちらでまとめましたが、その続編として、第二作『1973年のピンボール』にて登場人物が読んでいる小説や、比喩に使われている作家名もまとめました。

直接本のタイトルが明記されていない小説なども、本作で提示されている手がかりからタイトルを特定しました。架空の本として言及されている本も網羅しています。

『1973年のピンボール』をより深く味わうために、登場する小説や雑誌などを細かく解説していきます。

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登場本&作家まとめ

村上春樹の長編小説全15作に登場する本199冊+α全てを紹介します。 すべての読書家たちへ。ついに村上春樹の全長編小説に登場する本や作家をまとめあげました。 世界的作家である村上春樹の作品には実に多くの本が登場します。それは少年[…]

村上春樹の長編全15作に登場する本まとめ

『1973年のピンボール』と本の関係

『1973年のピンボール』は『風の歌を聴け』に続く、村上春樹初期三部作の第二作目の作品で、前作同様に主人公の「僕」は作家です。この物語の主要な時間軸である1973年には、「僕」は友人と共同で翻訳事務所を立ち上げています。作家、翻訳家、いずれにしても本とは密接に関わる職業だといえます。

他の村上作品と比べると、『1973年のピンボール』は登場する小説や作家名が少なめではありますが、世界文学や哲学史の中でも重要な作品名や作家名を目にすることができます

『1973年のピンボール』に出てくる本【一覧】

『1973年のピンボール』登場本一覧 (第二版)

それでは『1973年のピンボール』の中で登場する小説や雑誌をひとつずつ紹介していきましょう。アメリカ文学をはじめ、海外の小説に大きな影響を受けてきた村上春樹ですが、この作品で言及される書籍名や作家名は海外のもののみとなっています。

1. 不思議の国のアリス

不思議の国のアリス

『不思議の国のアリス』はルイス・キャロルによって1865年に出版された児童文学です。映像作品も多く、この『1973年のピンボール』での登場が、小説か映像作品を指しているのかは定かではありませんが、小説が想定されている可能性もじゅうぶんあります。『不思議の国のアリス』では、主人公アリスが白ウサギを追いかけて穴に落ち、奇妙な世界に迷い込みます。そこで、帽子屋、チェシャ猫、ハートの女王など個性的なキャラクターたちと出会い、不条理で風刺的な冒険を繰り広げます。

【『1973年のピンボール』での登場】

僕は直子がとある街の話をした際、冗談を言い、彼女を笑わせます。その笑いは直子が消えた後も僕の心に残り、「『不思議の国のアリス』に出てくるチェシャ猫のようだとたとえます

2. わが生涯

わが生涯

『わが生涯』はソビエト連邦の時代の政治家レフ・トロツキーの伝記で、トロツキーは1917年のロシア十月革命を主導した一人です。岩波文庫で上下巻で出版されています。また『1973年のピンボール』では「トロツキーの伝記」として本のタイトルが記載されているわけではありませんが、筑摩書房から出版された『トロツキー自伝』という書籍も存在します。

【『1973年のピンボール』での登場】

物語の冒頭で直子について語られるが、直子の家族が引っ越した先が帝政ロシア時代の流刑地のようだったという話から、僕がその流刑地についてトロツキーの伝記で読んだことがあると語っている

3. 純粋理性批判

純粋理性批判

『純粋理性批判』は18世紀のドイツの哲学者イマヌエル・カントによる代表的な著作です。西洋哲学書の歴史上でも最も影響力のある書物のひとつで、日本でも数多くの翻訳がなされています。現在気軽に読める人気な翻訳は岩波文庫(全3巻)と光文社古典新訳文庫(全7巻)でしょうか。

【『1973年のピンボール』での登場】

主人公の僕が双子の女の子との生活の中で読んでいるのがカントの『純粋理性批判』です。コーヒーを飲みながら、煙草を吸いながらでの読書シーンが登場します。僕はカントを立派だと語っています。また僕がピンボールを探す中で「煙草とカントを持って暖かいベッドに潜り込みたかった」という記述があることから、カントはかなり愛読している哲学者ということがわかります。

4. エスクァイア 1971年9月号

エスクァイア 1971年9月号

『エスクァイア』は1933年に創刊されたアメリカの雑誌で、ヘミングウェイやフィッツジェラルドなどの有名作家たちの作品を寄稿していました。本作で登場言及されるのは『エスクァイア 1971年9月号』の中のケネス・タイタンによる「ポランスキー論」という記事。ケネス・タイタンというのはイギリスの劇評家で、彼がフランス出身の映画監督ポランスキーについて論じた文章について言及されています。実際に雑誌の号数と該当記事が一致するので、村上春樹自身も読んでいた可能性が高そうです。

【『1973年のピンボール』での登場】

僕が『エスクァイア 1971年9月号』内のケネス・タイタンによる「ポランスキー論」を翻訳しています。これは翻訳事務所を立ち上げた僕の仕事の一環だと考えられます。

ケネス・タイタンによる「ポランスキー論」
こちらがケネス・タイタンによる「ポランスキー論」の記事です。

引用: https://classic.esquire.com/article/1971/09/01/the-polish-imposition

5. ピーナッツ

ピーナッツ

村上春樹作品ではしばしば言及されるスヌーピーですが、『1973年のピンボール』では「スヌーピーの漫画」という記述があります。ここではキャラクターのデザイン、もしくは漫画からの抜粋の一部がデザインとして使われているという意味だと思われます。スヌーピーといえば、チャールズ・シュルツによる漫画『ピーナッツ』に登場する人気キャラクターで、主人公チャーリー・ブラウンの飼い犬です。ユーモラスで哲学的な面を持ち、単なるペット以上の存在として、世界中で愛されています。スヌーピーの絵は他にも、『羊をめぐる冒険』や『国境の南、太陽の西』で登場します。

【『1973年のピンボール』での登場】

僕が学生時代のアパートで幾度となく電話を取り次いだ女の子は、僕の何もない部屋にひとつの段ボールを持ってきます。その中には「スヌーピーの漫画のついたタンブラーが二個」入っていました。

6. ロビンソン・クルーソー

ロビンソン・クルーソー

『ロビンソン・クルーソー』は、イギリスの作家ダニエル・デフォーによる1719年に発表された冒険小説です。主人公ロビンソン・クルーソーは、船が難破して無人島に漂着し、28年間生き抜く姿が描かれます。近代小説の礎を築いた作品として、世界中で愛読されています。

【『1973年のピンボール』での登場】

僕が電話を取り次いであげていた女の子は、僕の何もない部屋を見て、「いったいどうやって暮してるの?まるでロビンソン・クルーソーじゃない?」と驚きを隠しません

7. 農民

農民

『農民』はフランスの作家オノレ・ド・バルザックの長編小説で、著者の死後1855年に発表された作品です。岩波文庫で翻訳されていますが、現在では絶版中なので古書なので探すしかなさそうです。

【『1973年のピンボール』での登場】

僕が双子と配電盤の「葬式」をするために貯水池に行く道中で、犬を「バルザックの小説に出てくるカワウソ」に喩えています。タイトルが明記されているわけではありませんが、カワウソが出てくるバルザックの小説ということで『農民』だと特定しました。また『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では『農民』が登場し、かわうそが出てくることが示唆されるシーンがあります。

8. アーサー王と円卓の騎士

アーサー王と円卓の騎士

アーサー王の伝説をめぐる物語は、いくつもの作品で語られています。この『1973年のピンボール』で登場した「アーサー王と円卓の騎士」については、福音館古典童話シリーズから1972年に出版されたシドニー・ラニア編『アーサー王と円卓の騎士』である可能性が高そうです。特定の書物を指すのではなく、「アーサー王と円卓の騎士」に関する伝説一般という解釈もできるかもしれませんが、やはり村上春樹がこの物語を書籍で読んでいた可能性があるとしたら、この福音館古典童話シリーズではないかと推測します。ちなみに日本でも原書房から出版されているローズマリ・サトクリフ著『アーサー王と円卓の騎士』という作品がありますが、英語の原書ですら出版が1981年なので、『1973年のピンボール』発表時期を考えると該当しません。

【『1973年のピンボール』での登場】

ピンボールの「スペースシップ」との対面を果たし、僕は生活に一区切りを迎えます。しかしそれで「アーサー王と円卓の騎士」のように「大団円」が来るわけではない、それはずっと先のことだと語られています

その他特定が難しい登場本など

9. 「ウィリアム・スタイロンのエッセイ」

『1973年のピンボール』では「ウィリアム・スタイロンのエッセイ」が登場します。ウィリアム・スタイロンはアメリカの小説家で、1951年の『暗闇に横たわれ』や1979年の『ソフィーの選択』などで知られています。1982年に出版された『This Quiet Dust: And Other Writings』という本には、『1973年のピンボール』の舞台である1873年以前に発表された文章も収録されています。

【『1973年のピンボール』での登場】

僕の翻訳の仕事のさまざまな例として挙げられている一つが、ウィリアム・スタイロンのエッセイでした。

『1973年のピンボール』に出てくる作家【一覧】

1. マルセル・プルースト

『1973年のピンボール』の中には他に、書物のタイトルは明記されませんが、大長編小説『失われた時を求めて』の著者マルセル・プルーストや、テネシー・ウィリアムズへの言及があります。

【『1973年のピンボール』での登場】

ピンボール研究書「ボーナス・ライト」という本の序文が紹介されていますが、その本の中でプルーストについて言及されています

2. フョードル・ドストエフスキー

村上春樹作品では常連のフョードル・ドストエフスキーは、19世紀ロシアの作家で、心理小説の先駆者とされています。代表作には『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』『白痴』などがあります。人間の内面や道徳、宗教、自由意志に深く迫り、複雑な人物像を描き出す作品が特徴です。

【『1973年のピンボール』での登場】

僕は双子の女の子にヴェトナムでの戦争について説明します。「世の中には百二十万くらいの対立する考え方がある」「殆んど誰とも友だちになんかなれない」と言います。そのような世間のあり方を述べたあとに、「ドストエフスキーが予言し」たと語ります

3. テネシー・ウィリアムズ

テネシー・ウィリアムズは、村上春樹の前作『風の歌を聴け』でも『熱いトタン屋根の猫』が登場しましたが、本作でも作家名として言及されます。「過去と現在についてはこのとおり。未来については『おそらく』である」という引用がなされています。作品名は直接言及されませんが、過去が大事なテーマとなる『ガラスの動物園』が示唆されている可能性が高そうです。いずれにしても村上春樹がテネシー・ウィリアムズのかなりの作品を読み込んでいることがわかります。

【『1973年のピンボール』での登場】

物語の最終盤にて、テネシー・ウィリアムズの「過去と現在についてはこのとおり。未来については『おそらくである』」という言葉が紹介されています。

『1973年のピンボール』に出てくる架空の本などについて

その他にも、ピンボール研究書「ボーナス・ライト」なる本について言及されますが、調べてみたところこちらの書籍については存在が確認できませんでした。また僕の翻訳の仕事として、いくつか具体的な素材についても触れられますが、実在しているものか架空のものかの判断がつきにくいところです。「『アメリカン・サイエンス』の記事」というのは実在の『Scientific American』というサイエンス雑誌を指している可能性が高いです。また「一九七二年度の全米カクテル・ブック」という本や、「チャールズ・ランキン著『「科学質問箱」動物編』」、「米国看護協会編『致死病者との対話』」「フランク・デシート・ジュニア著『作家の病跡』」「ルネ・クレール作『イタリアの麦わら帽』」というようなパンフレットや雑誌、その他書類の一部なども挙げられています。『イタリアの麦わら帽』というのはルネ・クレールというフランスの映画監督・脚本家による1928年に公開された映画『イタリア麦の帽子』のシナリオです。

『1973年のピンボール』登場本: まとめ

『1973年のピンボール』と『農民』

本当に偉大な作家や哲学者の名前がごろごろと出てくる村上春樹作品ですが、『1973年のピンボール』でもカントやバルザック、プルーストといったそうそうたるラインナップを見ることができました。中でもバルザックの『農民』は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 』でも登場するほど、村上春樹にとっては思い入れのある作品なのかもしれません。

雑誌の記事がしっかり発売号と記事の内容が現実に即しているのも、村上春樹らしいですね。小説理解を深めるためにも、上記の本で気になったものがあれば読んでみてはいかがでしょうか。

以下、村上春樹関連の記事をまとめたので、興味がありましたら、ぜひご一読ください。

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