村上春樹作品で最も売れた小説『ノルウェイの森』にはたくさんの小説や作家の名前が出てきますが、それらを一挙にまとめて紹介します。
『ノルウェイの森』は村上春樹の五作目の長編小説です。他の村上作品にも多数の書物への言及がありますが、このリアリズム文体で書かれた『ノルウェイの森』には特に多くの本が登場します。村上春樹の小説の中でこれだけ多くの(といっても4人程度ですが)日本の近現代の作家名が出てくる作品も珍しいでしょう。
その中のいくつかの背景知識を持っておけば、『ノルウェイの森』の物語をさらに深く味わうためのヒントになるかもしれません。具体的なタイトルが明示されない場合でも、与えられた情報を基にできる限り特定しようと試みました。
それでは『ノルウェイの森』に登場する本や作家の一覧と、各作品の解説をお楽しみください。
『ノルウェイの森』と本の関係
村上春樹にとっては珍しい100%のリアリズム文体で書かれたこの『ノルウェイの森』には、たくさんの本や作家名が登場しますが、そのどれもが実在するものです。
主人公の「僕(ワタナベ)」はたくさんの本を読むのではなく、気に入った本を何度も読み返すタイプの読書家ですし、先輩の「永沢さん」も古典的名著を愛する人物です。「永沢さん」は、死語三十年を経ていない作家の本は信用できないと言います。また「緑」は書店を経営する一家の娘で、当然本の話に発展することもあります。
また僕は会話の中で突飛と思える比喩を持ち出すことがありますが、実はそれは古典的な和歌や物語からの引用であることも少なくありません。意識していないと読み飛ばしてしまうかもしれません。
時代背景も関係しているでしょうが、このように読書好きな登場人物が多数出てくるのも『ノルウェイの森』の特徴です。
『ノルウェイの森』に出てくる本【一覧】
それではここから『ノルウェイの森』に出てきた本を具体的なタイトルや登場シーンとともに見ていきましょう。
1. エレクトラ
【『ノルウェイの森』での登場】
僕がとっている『演劇史II』の講義はエウリピデスについてのものです。大学近くの小さなレストランで初めて緑に話しかけられたときに、僕は彼女とどこで会ったのか思い出せず、緑が「エウリピデス」と返答します。そして「エレクトラ」という劇名と「いいえ、神様だって不幸なものの言うことには耳を貸そうとはなさらないのです」という引用をします。
2. ケンタウロス
【『ノルウェイの森』での登場】
僕が十九歳の当時に好きだった作家としてジョン・アップダイクが挙げられており、さらに、十八歳の彼にとって最高の書物だったのがアップダイクの『ケンタウロス』だったと述べています。しかしその後読み返す中で、そのベストの座はフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』に明け渡すことになったとも語られています。
3. グレート・ギャツビー
【『ノルウェイの森』での登場】
僕が十九歳の当時に好きだった作家としてスコット・フィッツジェラルドが挙げられており、さらに彼の最高の書物だったとされるアップダイクの『ケンタウロス』に変わって、その後ずっと最高の小説であり続けたのがフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』だと語られています。本作のわずか3ページに9回もタイトルが繰り返されることからも分かる通り、村上春樹にとっても特別な作品なことは言うまでもないでしょう。
4. ロード・ジム
【『ノルウェイの森』での登場】
僕が緑と出会ってすぐにまた会う約束をしますが、当日に緑は現れません。そんな中で彼が読み切ってしまった作品が永沢さんに借りたのコンラッド『ロード・ジム』でした。コンラッドはバルザックやディケンズとともに、永沢さんの好きな作家として挙げられていた作家でもあります。
5. 戦争と平和
【『ノルウェイの森』での登場】
緑が実家の「小林書店」についてやや自虐的に説明するときに、「『戦争と平和』もないし、『性的人間』もないし、『ライ麦畑』もないの」と僕に言います。立派な書店には当然あるべきものがないというニュアンスで言っていることから、それらが読むに値する本だとみなしていることがわかります。
6. 性的人間
【『ノルウェイの森』での登場】
上記「5. 戦争と平和」の項目を参照。大江健三郎という作家名については、他の箇所でも僕は読まないけど周りの人間は読んでいたという文脈で言及されています。
7. ライ麦畑でつかまえて
【『ノルウェイの森』での登場】
上記「5. 戦争と平和」の項目を参照。「ライ麦畑」という略称で言及されています。
8. 魔の山
【『ノルウェイの森』での登場】
僕は永沢さんと珍しく女の子を捕まえられなかった夜、始発の電車を待つために喫茶店に入ってトーマス・マンの『魔の山』を読みます。そこに二人の女の子が相席するわけですが、彼の中で『魔の山』を読むことは、きちんとした身なりをしていたりしっかり髭を剃っていることと並列に扱われています。また直子の療養所を訪れた際にも、この本を持って行って読んでします。前述の通り、『魔の山』を執筆したマンの背景と、療養所に入っている直子を気にかける僕の姿は重なり合います。
9. 千夜一夜物語
【『ノルウェイの森』での登場】
レイコさんが自分の過去を僕に打ち明ける際に、その話が長いために一回では話しきれません。そして気になるところで打ち切られた話の続きは翌日にしてあげると言われた僕は、「まるでシエラザードですね」と返します。長い話を女性が語るという点で『千夜一夜物語』の語り手である王妃シェエラザードの名前を出したと考えられます。
10. 資本論
【『ノルウェイの森』での登場】
緑は大学入学当初に入ったクラブでマルクスの『資本論』を読まされて、よく理解できなかったと言います。そして僕に読んだことがあるか、理解できたかと尋ね、全部は読んでないけど大抵に人と同じように読み、理解できるところもあったりできないところもあったと答えています。
▽『資本論』を比較的短時間で解説してくれるのが「NHK100分de名著」シリーズです!▽
▽まんがでまず全体像をつかむのもありです!▽
11. 八月の光
【『ノルウェイの森』での登場】
亡くなった緑の父親のこと考えていた日曜日に、僕は新宿の混み合った紀伊國屋書店でフォークナーの『八月の光』を買い、ジャズ喫茶でコーヒーを飲みながら読みます。このとき僕が買ったと思われるのは、1967年に出版された新潮文庫版でしょう(「フォークナー全集」もしくは「世界文学全集」からの単巻という可能性もありますが、気軽に持ち運べる文庫だと思います)。
12. 金槐和歌集
【『ノルウェイの森』での登場】
僕は緑に「すごく可愛い」と言い、「すごくってどれくらい?」と聞かれると、「山が崩れて海が干上がるくらい可愛い」という一風変わった比喩を持ち出します。これは『金槐和歌集』掉尾の「山はさけ 海はあせなむ 世なりとも 君にふた心 わがあらめやも」からの引用だと思われます。
13. 車輪の下
【『ノルウェイの森』での登場】
僕は緑の家を訪れ、緑が寝てしまったあとに、小林書店の在庫の中で読みたい本を探す。「その大半は既に読んだことのあるもの」と言いつつ、選んだのは「背表紙の変色したヘルマン・ヘッセの『車輪の下』」でした。もはや機能してないこの書店に、しっかりその分のお金を置いていくのは村上春樹の主人公らしいですね。彼が『車輪の下』を初めて読んだのは中学校に入った年で、「いささか古臭いところがあるにせよ、悪くない小説だった」と語っている。
14. ちびくろサンボ
【『ノルウェイの森』での登場】
物語の後半に僕に不信感を抱いた緑は、どれくらい自分のことが好きか僕に問います。そして僕は「世界中のジャングルの虎がみんな溶けてバターになってしまうくらい好きだ」とまたしても奇妙な比喩を使います。『ちびくろサンボ』の有名なシーンとして、虎が木の周りを走り回ってバターになってしまう場面があります。
『ノルウェイの森』に出てくる作家【一覧】
次に『ノルウェイの森』にて、タイトルこそ明記されていないものの、言及されている作家をリストアップしました。それぞれの代表作などとともに、一人ずつ確認していきます。
1. ジャン・ラシーヌ
【『ノルウェイの森』での登場】
僕はルームメイトの突撃隊に自分の専攻の話をする際に、演劇の研究について説明します。ラシーヌとかイヨネスコとかシェイクスピアの戯曲を読むのだと。しかし僕が熱心に関心を持っているかというとそういうわけでもなさそうで、講義要項にそう書いてあっただけだと弁明しています。
2. ウジェーヌ・イヨネスコ
【『ノルウェイの森』での登場】
上記「1. ジャン・ラシーヌ」の項目を参照。
3. ウィリアム・シェイクスピア
【『ノルウェイの森』での登場】
上記「1. ジャン・ラシーヌ」の項目を参照。
4. ポール・クローデル
【『ノルウェイの森』での登場】
大学の授業、僕が十八から十九になったと語られている部分で、日曜日は直子とデートする一方で大学の授業では、クローデルやラシーヌ、エイゼンシュテインを読んでいたと語られています。しかし「それらの本は僕に殆んど何も訴えかけてこなかった」と評しています。
5. セルゲイ・エイゼンシュテイン
【『ノルウェイの森』での登場】
上記「4. ポール・クローデル」の項目を参照。
6. トルーマン・カポーティ
【『ノルウェイの森』での登場】
僕が十九歳の当時に好きだった作家として挙げられている一人。
7. レイモンド・チャンドラー
【『ノルウェイの森』での登場】
僕が十九歳の当時に好きだった作家として挙げられている一人。
8. 高橋和巳
【『ノルウェイの森』での登場】
僕が愛読する作家を挙げる一方で、自分とは合わない周りが読んでいた作家として挙げられるのが、高橋和巳、大江健三郎、三島由紀夫そして「現代のフランス作家」です。
9. 大江健三郎
【『ノルウェイの森』での登場】
上記「9. 高橋和巳」の項目を参照。また別のシーンで緑が大江健三郎の『性的人間』に言及する箇所もあります。
10. 三島由紀夫
【『ノルウェイの森』での登場】
上記「9. 高橋和巳」の項目を参照。
11. オノレ・ド・バルザック
【『ノルウェイの森』での登場】
「死後三十年を経ていない作家の本を原則として手にとろうとしなかった」永沢さんが好きな作家として挙げたのが、バルザック、ダンテ、コンラッド、ディケンズでした。
12. ダンテ・アリギエーリ
【『ノルウェイの森』での登場】
上記「12. オノレ・ド・バルザック」の項目を参照。
13. チャールズ・ディケンズ
【『ノルウェイの森』での登場】
永沢さんが好きな作家とし挙げられている作家の一人です。さらに、永沢さんが僕との会話の中で「十年だか二十年だか経ってからまたどこかで出会いそうな気がするんだ」と言い、僕が「まるでディッケンズの小説みたいな話ですね」と返します。具体的なタイトルは明言されませんが、長い時間を経ての再会というテーマについては、『二都物語』や『大いなる遺産』あたりの小説を指していそうです。
14. 太宰治
【『ノルウェイの森』での登場】
直子が僕に黙って引っ越していることが判明し、彼は心の空洞を埋めるかのように、永沢さんと町に出て女の子と寝るようになります。その中の一人が僕についてあらゆることを知りたがり、浴びせた質問の一つが太宰治の小説を読んだことがあるか、というものでした。
15. テネシー・ウィリアムズ
【『ノルウェイの森』での登場】
会っているときも上の空だったことに腹を立てている緑を見かけたのが、戯曲の講義でした。その内容は「テネシー・ウィリアムズの戯曲についての総論・そのアメリカ文学における位置」というものでした。
16. ジョルジュ・バタイユ
【『ノルウェイの森』での登場】
僕は孤独な時期にあるバイト先のレストラン同じ年の伊東と出会います。美大生の伊東はフランスの小説が好きで、中でもジョルジュ・バタイユとボリス・ヴィアンを好んで読むと語られている。
17. ボリス・ヴィアン
【『ノルウェイの森』での登場】
ボリス・ヴィアンはジョルジュ・バタイユとともに伊東の好きな作家として登場します。さらに僕は伊東からボリス・ヴィアンを何冊か借りて読んでいます。
その他の本や作家
その他にも、僕の周りの学生が読んでいた本として高橋和巳や大江健三郎、三島由紀夫らとともに、「現代のフランス作家」とだけ言及されていました。具体的な作家名は述べられません。19世紀以前でいうと、村上作品には頻出のバルザックやフローベール、スタンダールなどがいますが、当時の現代フランス作家というと、プルースト、カミュ、サルトルあたりでしょうか。
『ノルウェイの森』登場本: まとめ
以上が『ノルウェイの森』に登場する本と作家の一覧でした。中でも物語と密接に関わり合うかのような背景を持つとトーマス・マンの小説『魔の山』あたりを読むとさらに面白く『ノルウェイの森』が読めるでしょう。また、ジョン・アップダイクや、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』やサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』など、村上春樹自身も特に愛読してきたアメリカの小説が一堂に会している点にも注目です。
【村上春樹の長編に登場する本や作家のまとめリスト一覧】
→第2作『1973年のピンボール』に出てくる小説や作家まとめ
→第4作『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる小説や作家まとめ
→第5作『ノルウェイの森』に出てくる小説や作家まとめ
→第6作『ダンス・ダンス・ダンス』に出てきる小説や作家まとめ
→第13作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』に出てくる小説や作家まとめ
以下、村上春樹関連の記事をまとめたので、興味がありましたら、ぜひご一読ください。
これまで長編小説を15作品と短編集を10作品発表してきた世界的な作家・村上春樹。 それだけ作品があると、どのような順番で読んだらいいのかわからない方も多いはずです。 今回は、村上春樹作品をこれから初めて読み始める方、すでに1~2[…]
村上春樹の幻の中編小説「街と、その不確かな壁」の存在は知っているでしょうか。今では入手困難な「街と、その不確かな壁」を手軽に入手して読む方法を解説していきます。 2023年4月13日に発売される村上春樹の新作長編のタイトルが『街と[…]
世界的作家である村上春樹の長編小説を英語で読んでみませんか? 今や世界中の言語で翻訳されている村上春樹作品ですが、特に英語圏での人気は圧倒的で、ほぼ全ての主要作品が英訳されています。そんな洋書は日本でも気軽に手に入れることができます。[…]
【関連記事】
ついに村上春樹作品が、「耳で聴く読書」オーディブル化し、すでに多くの作品がリリースされています。2024年9月現在で村上春樹作品のうち37冊もの長編小説、短編小説、エッセイ、旅行記などがオーディブル化し、全てが聴き放題の対象となっています。[…]
「村上春樹を読んでみて、すごく好きだったから似ている作家はいないかな?」と思っている方 「村上春樹作品を読破して、次に読む本を迷っている、、、」という方 そんな方に、村上春樹に似た感じの作家のおすすめを紹介します。作[…]
作家としてだけでなく、翻訳家としても精力的に活動している村上春樹さん。そんな村上さんの主な翻訳対象はアメリカの小説です。村上さんがかねてから海外文学、特にアメリカ文学を好んで読んできたことは知られていますが、具体的にどの作家ようなに特別な思[…]