【登場本一覧】『ダンス・ダンス・ダンス』に出てくる小説や作家まとめ

ダンス・ダンス・ダンス 登場本

村上春樹の長編第六作にして、初期三部作(鼠三部作)の続編でもある『ダンス・ダンス・ダンス』に登場する本や作家をまとめました

相変わらず他の村上春樹の小説と同様、『ダンス・ダンス・ダンス』にも世界の名作をはじめとする多くの小説や作家名が登場します。タイトルが言及されない本などもありますが、なるべく特定できそうな本は予想してみました

出てくる本や作家について知って、『ダンス・ダンス・ダンス』をより深く味わいましょう!

『ダンス・ダンス・ダンス』と本の関係

『風の歌を聴け』から『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』と続くこのシリーズですが、やはり主人公の「僕」がまず読書家です。『ダンス・ダンス・ダンス』では札幌を訪れるために、移動中などに海外文学を読むシーンが多々登場します

また村上春樹らしく比喩の中で作家名や作品名が言及されることも少なくありません。他の村上春樹作品にも繰り返し出てくる作家や小説などもいて、それらの間に関連性があるのかどうかを考えるのも一興でしょう。

では具体的に『ダンス・ダンス・ダンス』にはどのような本や作家が登場するのか、見ていきましょう!

『ダンス・ダンス・ダンス』に出てくる本【一覧】

『ダンス・ダンス・ダンス』登場本一覧

それでは具体的に、『ダンス・ダンス・ダンス』に登場する本や作家について、それぞれ詳しくみていきましょう。

1. ジャック・ロンドンの伝記

ジャック・ロンドンの伝記

本作では「ジャック・ロンドンの伝記」という名前で登場しますが、具体的にはどの本を指すのでしょうか。ジャック・ロンドンは20世紀初めに頭角を現したアメリカの自然主義作家です。『ジャック・ロンドン自伝的物語』が有力だと思いましたが、この本が日本で出版されたのが1986年で、『ダンス・ダンス・ダンス』に舞台が1983年なので、僕が札幌を訪れた際にはまだ存在しません。自伝的小説『マーティン・イーデン』ももっと後に日本語訳が出版されているので、おそらく違います。ロンドンは1913年にアルコール中毒の闘病談を語った自伝的小説『John Barleycorn』を書いています。これを英語で書かれた原書で読んでいる可能性が高いです。翻訳事務所を立ち上げた僕が洋書を読むこと自体に違和感はまったくありません。

【『ダンス・ダンス・ダンス』での登場】

僕は『羊をめぐる冒険』に続いているかホテルを再び訪れるべく札幌へ向かいます。その際函館駅近くの書店で買った「ジャック・ロンドンの伝記」を列車の中で読みます

▽絶版ですが、日本語訳もあります。▽

▽日本語でジャック・ロンドンを知るなら白水Uブックスの『マーティン・イーデン』がおすすめです。『ジャック・ロンドン自伝的物語』はすでに絶版で買おうと思うと定価より少し高いかもしれません。▽

2. ガリバー旅行記

ガリバー旅行記

『ガリバー旅行記』は18世紀を代表するアイルランドの作家ジョナサン・スウィフトによる小説です。岩波文庫や新潮文庫の翻訳があります、村上春樹の翻訳の師匠的存在である柴田元幸さんが2022年に朝日新聞出版から新訳を出しています。

【『ダンス・ダンス・ダンス』での登場】

僕は札幌にてあてもなく時間を潰します。適当な店でランチを食べた後、雪が降り出しそうなぴくりとも動かない雲を見て、「『ガリバー旅行記』に出てくる空に浮かぶ国」に喩えます

3. 「スペイン戦争についての本」

「スペイン戦争についての本」という手がかりだけで、本作で登場する書物を特定するのは難しいというのが正直なところです。歴史書かもしれないですし、もしかしたら村上作品ではしばしば登場するヘミングウェイが1940年に発表した小説『誰がために鐘は鳴る (For Whom the Bell Tolls)』がスペイン内戦を舞台にしています。「1. ジャック・ロンドンの伝記」で述べたように、かつて翻訳を生業にしていた僕が洋書を読むことは考えられる話です。

【『ダンス・ダンス・ダンス』での登場】

すっかり変わり果ててしまったいるかホテルにて、僕は「ジャック・ロンドンの伝記」を読み終えて、次に「スペイン戦争についての本」に取りかかります

4. 響きと怒り

響きと怒り

『響きと怒り』は20世紀を代表するアメリカの作家ウィリアム・フォークナーの小説です。ミシシッピ州の架空の土地「ヨクナパトーファ郡」を舞台にしたフォークナーの長編シリーズの第四作目にあたります。同シリーズの『八月の光』は『ノルウェイの森』でも登場しました。僕が読んでいた『響きと怒り』の文庫といえば1972年に講談社文庫から出版されましたが、今では講談社文芸文庫や岩波文庫で読むことができます。

【『ダンス・ダンス・ダンス』での登場】

僕がユキを連れて東京に帰ろうとする空港では、悪天候のため遅延したフライトを待ちます。その間、僕はフォークナーの『響きと怒り』の文庫本を読みます。また僕はフォークナーとフィリップ・K・ディックの小説について「神経がある種のくたびれかたをしているときに読むと、とても上手く理解できる」と語っています。

5. クリスマス・キャロル

クリスマス・キャロル

『クリスマス・キャロル』はイギリスの巨匠チャールズ・ディケンズの中編小説で、映画化なども手伝って、最も有名なディケンズ作品の一つです。本作では具体的に小説のタイトルが登場するわけではないですが、「スクルージ爺さん」という名前が言及されます。『クリスマス・キャロル』の主人公である冷酷無比な老人こそがスクルージなのです。

【『ダンス・ダンス・ダンス』での登場】

ユミヨシさんが僕をユキに紹介するときに、「大丈夫。悪いひとじゃないから」と言います。そしてユキの「まあ仕方ない」というような様子なのを見て、僕はひどいことをしている気になり、「なんだかスクルージ爺さんになったような気分」になります。しかし後にレンタカーで音楽を聴きながらドライブして少し仲良くなると、「僕もまだ捨てたものではない。僕はスクルージ爺さんではないのだ」と思います。

6. 荒地

荒地

『荒地』はアメリカ出身なイギリスの詩人T・S・エリオットの最も有名な作品です。『ダンス・ダンス・ダンス』では『荒地』という作品名は登場しませんが、『荒地』の冒頭は「April is the cruellest month, breeding (四月はいちばん残酷な月)」という一文で始まります。余談ですが、村上春樹が愛するサリンジャーの代表的な短編「バナナフィッシュにうってつけの日」にも『荒地』の冒頭部分の引用が出てきます。

【『ダンス・ダンス・ダンス』での登場】

僕はキキと五反田君が出演する映画「片想い」を繰り返し見て三月が過ぎ去っていく。そして「エリオットの詩とカウント・ベイシーの演奏で有名な四月がやってきた」と語る。

7. 87分署シリーズ

87分署シリーズ『凍った街』

「87分署」シリーズはアメリカの推理小説作家エド・マクベイン(エヴァン・ハンターとしても知られる)の警察小説シリーズです。1956年にシリーズ第一作『警官嫌い』が出版され、50作品を超えて50年以上も刊行が続いたシリーズです。「87分署」シリーズは『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』でも登場します。本作で登場するのが具体的にどの作品を指すかは、1983年4月の時点での新刊というのがヒントでしょう。日本語訳でいうと、『熱波』が早川書房から出版されたのが1983年の9月なので、『ダンス・ダンス・ダンス』の僕が読んでいる時期より少し後になってしまいます。そうなるとやはり「1. ジャック・ロンドンの伝記」や「3. スペイン戦争についての本」の項目と同じように、洋書を読んでいた可能性が高そうです。まさに1983年3月に原書で出版されたのが『Ice (凍った街)』でした。アメリカで3月に発売してすぐに日本で手に入るかと言われれば、それは当時の洋書の流通状況がわからないとなんとも言えません。4月にまだ日本に『Ice (凍った街)』が入ってきてない場合は、僕が読んでいたのは1982年に日本語訳で出版された『幽霊 (Ghosts)』かもしれないですし、1981年に原書が出版された『Heat (熱波)』の可能性もあります。

【『ダンス・ダンス・ダンス』での登場】

トルーマン・カポーティの美しい文章に喩えた四月の初め、僕は台所でコーヒーを飲みながらエド・マクベインの「87分署」シリーズの新刊を読みます。「もう十年くらい前からそんなもの読むのはやめようと思っているのだが、新刊が出るとつい買ってしまう」と語っています。僕は「87分署」シリーズをあまり格式のある作品だとは思ってないようですが、その面白さは評価しているのがわかります。

8. 審判

審判

『審判』はドイツ文学でもっとも有名な作家の一人フランツ・カフカの代表的な中編小説で、死後1925年に発表されました。最初に冒頭と結末部分が書かれて、間をつなぐように断片に執筆されたものの未完の作品とみなされています。心当たりがないまま逮捕されて訴訟お起こされる主人公のKは、村上春樹作品の理不尽な問題に巻き込まれていく登場人物のようです。日本では、延々に訴訟のプロセスが続くことから『訴訟』というタイトルでも知られています。

【『ダンス・ダンス・ダンス』での登場】

キキとコンビを組んでいたメイが殺された件で、刑事の漁師と文学から取り調べを受けた際に、前の晩に読んでいたカフカの『審判』の詳細を説明しています。無意味なことを理不尽にやらされている僕は、まるでカフカの小説のようだと考えます(『審判』の中では、主人公のKは何の罪かも言われぬままやっかいな訴訟に巻き込まれていきます)。また僕はカフカの小説は二十一世紀まで生き残れるかどうか心配しています(2024年に没後100年を迎えたカフカの存在感は今なお衰えることはありません)。

▽『訴訟』はもちろんカフカの代表作『変身』なども含む「ポケットマスターピース」シリーズもおすすめです。▽

『ダンス・ダンス・ダンス』に出てくる作家【一覧】

1. ジャック・ケルアック

ジャック・ケルアックは20世紀中盤に活躍したビート・ジェネレーションを代表する作家です。本作で言及されているように、同時代的に日本では「ケラワック」表記がされていたりしました。『路上 (オン・ザ・ロード)』などの小説で知られています。

【『ダンス・ダンス・ダンス』での登場】

僕は赤の他人である十三歳の少女ユキを東京に連れて帰るように頼まれます。そのときにユキが着ていたトレーナーには「TALKING HEADS」と書かれており、そのバンド名について「ケラワックの小説の一節みたいな名前だ」と考えます。それが具体的にどの作品を指すのかはわかりませんが、「TALKING HEADS」という名前が持つ文学的な響きや、ケルアックの作品に見られる特徴的なリズムと言語の使い方、ビート世代の影響を連想させるためかもしれません。ケルアックはアメリカのビートジェネレーションの代表的な作家であり、彼の自由形式の散文は非常にリズミカルで即興的なスタイルを持っています。

2. フィリップ・K・ディック

フィリップ・K・ディックはアメリカのSF作家の中でも歴代で最も有名な一人です。代表作はなんといっても『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』です。本作でのこの作家名の言及は、特定の小説というよりはディックの多くの作品に共通する要素を指すものでしょう。

【『ダンス・ダンス・ダンス』での登場】

ウィリアム・フォークナーと並べて、僕はフィリップ・K・ディックの小説は「神経がある種のくたびれかたをしているときに読むと、とても上手く理解できる」と語っています。陰鬱としたディストピア世界が舞台のディックの小説ならではでしょう。

3. トルーマン・カポーティ

トルーマン・カポーティは村上春樹自身も愛読してきたと語るアメリカの天才的な小説家です。初めて読んだ時からその文体の美しさに魅せられたそうです。『ティファニーで朝食を』や『遠い声、遠い部屋』は村上春樹によって翻訳されています。実際に起きた一家殺人事件を題材に加害者にもインタビューをすることによって完成させたノンフィクション『冷血』も有名です。村上春樹が地下鉄サリン事件の関係者に取材をした『アンダーグラウンド』『約束された場所で』とも重なります。カポーティは『ノルウェイの森』でも登場する作家です。

【『ダンス・ダンス・ダンス』での登場】

僕は四月初頭の日々の時の流れを「トルーマン・カポーティの文章のように繊細で、うつろいやすく、傷つきやすく、そして美しい四月のはじめの日々」と表現します

4. サマセット・モーム

サマセット・モームはフランス生まれイギリス育ちの作家で、主に20世紀前半に活躍しました。第一次大戦では軍医として従軍した経験も持ちます。長編としては『人間の絆』や『月と六ペンス』で知られていますが、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』ではモームの『剃刀の刃』が登場しています。

【『ダンス・ダンス・ダンス』での登場】

僕はユキと一緒に彼女の母アメに会うためにハワイに行きます。そこでアメとそのボーイフレンド的存在であるディック・ノースに通されたリビングを見て、僕は「何となくサマセット・モームの小説に出てきそうな部屋だった」という感想を抱きます

5. ロバート・フロスト

ロバート・フロストは20世紀のアメリカの詩人で、かの有名なピューリッツァー賞を四度も受賞しています。ニューイングランドの農村や自然について語るのが彼の特徴です。日本語訳では『フロスト詩集』として岩波文庫から出版されるなどして、手軽に読むことができます。

【『ダンス・ダンス・ダンス』での登場】

僕はハワイで何度かユキをアメのもとへ連れていき、彼女たちは親子で過ごす一方で、僕は片腕の詩人ディック・ノースを散歩したり泳いだりして過ごしました。そして一度ディック・ノースがロバート・フロストの詩を朗読するのを聞いたと振り返ります

6. アガサ・クリスティ

アガサ・クリスティは20世紀のイギリスの代表的な推理作家で、『そして誰もいなくなった』や『オリエント急行の殺人』など数多くの名作ミステリーを生み出しました。60冊以上の推理小説を発表し、その多くが日本でも翻訳され、今なお国内外で多くのファンを持ちます。

【『ダンス・ダンス・ダンス』での登場】

僕は周囲でさまざまな出来事が起こる中で、キキやメイ、ユキとその両親、五反田君、羊男などあらゆる人物の相関図を書いて状況を整理しようとします。僕はそんなまともとは思えない交遊関係を見て、「アガサ・クリスティの小説みたいだった」と内心でつぶやきます。「わかった、執事が犯人だ」と実際に口にも出してみます。

7. カール・ユング

カール・ユングは、スイスの心理学者としてフロイトと同じく精神分析学を研究しましたが、後にフロイトとは異なる独自の心理学理論を展開しました。『夢判断』で有名なフロイトが夢は願望充足であるとしている一方で、ユングは夢とは「あるがままの姿」でこころの状況を描くものと考えます。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』でもユングの名前は出てきます。人間の心には「個人的無意識」と「集合的無意識」があるという考えが特徴的ですね。村上春樹は、ユング心理学を探求する河合隼雄さんと対談集も出しているほどですが、一方でユング的な著作は読まないようにしているとも述べています。

【『ダンス・ダンス・ダンス』での登場】

物語の終盤、僕は五反田君とシェーキーズに行きビールとピッツァを口にします。五反田君は三日前からピッツァが食べたくて夢にまで見たと話します。オーブンの中で焼けているピッツァをただじっと見ているだけの夢を見て、ユングだったらどう解釈するだろうと言います

『ダンス・ダンス・ダンス』登場本: まとめ

『ダンス・ダンス・ダンス』でもたくさんの小説や作家の名前が登場しました。「僕」は洋書を読んでいるのではと思わされる場面もありましたね。「僕」が実際に読んでいたフォークナーの『響きと怒り』やカフカの『審判』あたりの世界的名作は読んでおいて損はないでしょう。『ダンス・ダンス・ダンス』をより深く味わうためのヒントも隠されているかもしれません。ぜひ一読してみてはいかがでしょうか。


【村上春樹の長編に登場する本や作家のまとめリスト一覧】

第1作『風の歌を聴け』に出てくる小説や作家まとめ

第2作『1973年のピンボール』に出てくる小説や作家まとめ

第3作『羊をめぐる冒険』に出てくる小説や作家まとめ

第4作『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる小説や作家まとめ

第5作『ノルウェイの森』に出てくる小説や作家まとめ

第6作『ダンス・ダンス・ダンス』に出てきる小説や作家まとめ

以下、村上春樹関連の記事をまとめたので、興味がありましたら、ぜひご一読ください。

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