【登場本一覧】『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる小説や作家まとめ

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 登場本

村上春樹の四作目の長編小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』には、小説や作家の名前がたくさん登場します。図書館がひとつの重要なモチーフとなっていたり、主人公が読書家であることなども関係しています。

この記事では『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる本や作家名を網羅的にまとめています。また実際に小説のタイトルが明記されない場合もありますが、できる限り与えられた情報でそのタイトルを特定しようと努めました

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と本の関係

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』には実にたくさんの本が登場します。まず「世界の終り」パートでは図書館がひとつの舞台になっていますが、こちらでは具体的な書物は登場しません。一方で、「ハードボイルド・ワンダーランド」パートの現実世界では、主人公である「私」が図書館に勤める女の子とつながりを持つこともあって、実在している本も架空の書籍も登場します。

また「私」自身もかなりの読書家で、世界的な名著を含め、家にもかなり多くの小説を所有していたことがわかります。「私」と「図書館の女の子」との間での会話の中にも、作家の好き嫌いなど具体的な本のタイトルや作家名が登場します

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる本【一覧】

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』登場本一覧

それでは『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に登場する小説や、作家、その他の媒体の一覧をひとつずつ見ていきましょう。興味を持ったら実際に読めるように、現在手に入りやすい書籍も紹介します。

1. 時の旅人

時の旅人

『時の旅人』は、イギリスのSFの先駆者的作家であるH・G・ウエルズ(ハーバート・ジョージ・ウェルズ)の伝記です。本作での『時の旅人』の登場シーンでは「H・G・ウエルズの伝記の(下)」というように記載されていますが、日本語訳は1978年に単行本が出版され、1984年に上下巻で文庫本が出版されています。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私が図書館の女の子に無理を言ってお願いごとをしたときに、彼女が読みかけていた文庫本がデスクの上に置いてありました。それが『時の旅人』というH・G・ウエルズの伝記の(下)だったと記されています。

2. 幻獣辞典

幻獣辞典

『幻獣辞典』はアルゼンチン出身でラテンアメリカ文学の代表作家であるホルヘ・ルイス・ボルヘスの著作で、古今東西の架空の生き物が収録されています。日本では1974年に図版を添えて晶文社から出版され、現在では河出文庫のものがより手軽に読めます。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

架空の書籍『動物たちの考古学』とともに図書館の女の子が私の家に持ってきてくれた一冊です。同様に巻末の参考文献にもリストアップされています

3. 失われた世界

失われた世界

『失われた世界』はアーサー・コナン・ドイルが1912年に書いたSF小説です。推理小説というイメージが強い作家ですが、今回登場したのはアマゾン流域を舞台にしたサイエンスフィクションでした。比較的新しい訳には光文社古典新訳文庫や創元SF文庫のものがあります。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私が図書館の女の子と一角獣について話しているときに、一角獣が絶滅を免れる可能性がある条件として天敵がいないことという話に発展します。そしてそのような状況を想像した際に、「たとえばコナン・ドイルの『失われた世界』みたいに土地が高く隆起しているか、あるいは深く陥没していること」と私が述べます。

4. ルージン

ルージン

『ルージン』は、19世紀のロシア文学を代表する一人イワン・セルゲーエヴィチ・ツルゲーネフによる小説です。日本では古くは明治時代に二葉亭四迷が翻訳して紹介されました。岩波文庫からは1961年に出版されています。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私は部屋の中で記号士による強襲を受けます。その際にナイフで裂かれた腹を治療してもらった後、散らかった部屋でベッドに寝転んでツルゲーネフの『ルージン』を読みます。物語の後半でも図書館の女の子との会話で、私は好きな作家としてツルゲーネフを挙げます

5. 春の水

春の水

『春の水』もツルゲーネフの小説で、1872年に出版されました。日本では新潮文庫から1952年に、岩波文庫から『ルージン』と同様に1961年に刊行されています。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

上記の通り、私はベッドに寝転んで『ルージン』を読むわけですが、その際に「本当は『春の水』を読みたかった」と漏らしています。破壊された部屋で目当ての本を見つけるのは容易ではなく、「『春の水』が『ルージン』よりとくに秀れた小説であるというわけでもない」と自分を納得させます

6. 87分署シリーズ

87分署シリーズ

「87分署」シリーズはアメリカの推理小説作家エド・マクベイン(エヴァン・ハンターとしても知られる)の警察小説シリーズです。1956年にシリーズ第一作『警官嫌い』が出版され、50作品を超えて50年以上も刊行が続いたシリーズです。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私はツルゲーネフの『ルージン』を読みながら、ツルゲーネフの小説の登場人物には同情してしまうと語り、「87分署」シリーズの登場人物にだって同情してしまうとも言っています。

7. 赤と黒

赤と黒

『赤と黒』は19世紀前半に活躍したフランスの小説家スタンダールの代表作として知られています。ナポレオンが没落した後のフランスを舞台とした革命的な心理小説です。岩波文庫、新潮文庫、光文社古典新訳文庫などから刊行されており、いずれも上下巻構成です。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私は痛む腹を堪えながら、ベッドでツルゲーネフの『ルージン』を読み終え、次にこのスタンダールの『赤と黒』に取りかかっています

8. パルムの僧院

パルムの僧院

最も有名な『赤と黒』とは別に、スタンダールの小説として『パルムの僧院』も登場します。1839年に出版された『パルムの僧院』も負けず劣らずの傑作として知られ、村上作品でもお馴染みの世界的作家バルザックやトルストイなどもこの小説から大きな影響を受けたと言われています。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私は地下の通路で、うまく感覚を確認することができない下半身に神経を集中させながら、図書館の女の子とベッドに入ったときの不全を振り返っていました。しかし「ペニスを有効に勃起させることだけが人生の目的ではないのだ」と開き直り、「それはずっと昔にスタンダールの『パルムの僧院』を読んだときに私が感じたことでもあった」と述べています。

9. 農民

農民

『農民』はフランスの作家オノレ・ド・バルザックの長編小説で、著者の死後1855年に発表された作品です。『1973年のピンボール』でもバルザックの『農民』と思われる内容の比喩が登場しました。岩波文庫で翻訳されていますが、現在では絶版中なので古書なので探すしかなさそうです。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私が地下から自宅に戻り、太った娘はベッドに寝転んでバルザックの『農民』を読んでいました。その後彼女は祖父を助けに行き、また『農民』読みたいがために私の部屋に戻ってきます。「この本とても面白いわ。何か運命の力のようなものを感じるわね」と語っています。

10. オズの魔法使い

オズの魔法使い

『オズの魔法使い』は1900年にライマン・フランク・ボームによって書かれた、アメリカの児童文学で最も有名な作品の一つです。1939年に映画化もされ、そちらも広く知られていますが映画の邦題は『オズの魔法使』なので、本作で登場した『オズの魔法使い』は小説だと考えられます。一方で短編小説「パン屋再襲撃」でも『オズの魔法使い』を使った比喩が出てきますが、そちらはビジュアル的な比喩なのでおそらく映画のことだと考えられます。もちろん日本語訳は複数ありますが、岩波少年文庫のものや、アメリカ文学研究および翻訳の第一人者柴田元幸さんによる訳が角川文庫からも出ています。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

博士に自分の運命を告げられた私は「永遠の生」もしくは「不死」について思いをめぐらせ、またその世界に存在する一角獣や高い壁のことについて考えます。そして「『オズの魔法使い』の方がいくぶん現実的であるような気がする」と述べています。

11. 緑色革命

緑色革命

『緑色革命』(「りょくしょくかくめい」と読みます)は、アメリカの法律家であるチャールズ・A・ライクが1970年に発表した讃歌的な一冊です。1970年代のカウンターカルチャーや若者文化の影響を受けた社会変革に対する視点を提供しました。ちなみに『緑色革命』の「緑」からは『ノルウェイの森』の「緑」を連想しますし、カウンターカルチャーのキーワードでもある「ラブアンドピース」の「ピース」は「緑」が度々口にしていました。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

地上に戻って最後の一日を過ごす私は、自己を変革させようとしていた若い頃を振り返り、「『緑色革命』だって読んだし、『イージー・ライダー』なんて三回も観た」とヒッピーをはじめとしたカウンターカルチャーに傾倒していたことが示唆されます

12. 異邦人

異邦人

『異邦人』は、フランスの小説家アルベール・カミュの最初の代表的な小説です。新潮文庫からの窪田啓作訳の「きょう、ママンが死んだ」という出だしが有名です。カミュは43歳でノーベル文学賞を受賞し、46歳の若さで交通事故で亡くなった作家です。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私が図書館の女の子と食事をしている際に、彼女は彼の口ぐせを指摘しながら「『僕のせいじゃない』というのは『異邦人』の主人公の口ぐせだったわね、たしか」と言います。彼女も『異邦人』は高校時代に読んだと語っています。

13. 剃刀の刃

剃刀の刃

『剃刀の刃』はサマセット・モームが第二次大戦中である1944年に刊行した小説です。モームは主に20世紀に入ってから多くの著作を残したイギリスの作家で、他にも『人間の絆』や『月と六ペンス』などの作品がよく知られています。ちなみにモームが『世界の十大小説』の中で挙げている多くの小説や作家は、村上作品にも数多く登場します。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』で出てくるスタンダールの『赤と黒』やドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』もその「十大小説」に含まれています。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私は人生最後の日に、図書館の女の子と食事をし、「サマセット・モームならときどき読む」と語り、「『剃刀の刃』なんて三回も読んだ。あれはたいした小説じゃないけど読ませる」と評します。また別のシーンで、私は自分以外の何ものかになろうとしても結局は同じ場所に戻ってきたとこれまでを振り返り、私はそれを絶望と呼ぶのだろうかと自問します。しかしそれを「サマセット・モームなら現実と呼ぶかもしれない」と考えます。

14. フラニーとズーイ

フラニーとズーイ

『フラニーとズーイ』は20世紀の最も有名なアメリカ人作家の一人ジェローム・デイヴィッド・サリンジャーの小説で、本国で出版された四つの書籍の中で第三作に当たる作品です。『フラニーとズーイ』は『ナイン・ストーリーズ』で登場するシーモア・グラスをはじめとするグラス家の末っ子であるフラニーとその上の兄ズーイの物語です。この作品は長らく野崎孝による翻訳が『フラニーとゾーイー』として知られていましたが、2014年に村上春樹による新訳『フラニーとズーイ』が出版されました。またサリンジャー唯一の長編は、日本では『ライ麦畑でつかまえて』というタイトルで長く知られていましたが、2003年に『キャッチャー・イン・ザ・ライ』というタイトルで村上春樹による新訳が出版されました。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私は日比谷公園で図書館の女の子にどうして離婚したのかと尋ねられます。そして私は「旅行するとき電車の窓側の席に座れないから」「J・D・サリンジャーの小説にそういう科白があったんだ」と答えます。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』ではこの小説のタイトルは明言されませんが、『フラニーとズーイ』でズーイが「僕は列車に乗って旅行をするのがとても好きなんだ。結婚すると窓際の席に座れなくなってしまう」という発言をすることから、この作品で間違いないでしょう。また私はレンタカー事務所の女の子に好感を抱き、高校時代のクラスメイトを思い出します。彼女がサリンジャーとジョージ・ハリソンが好きだったと過去を振り返ります。

15. カラマーゾフの兄弟

カラマーゾフの兄弟

『カラマーゾフの兄弟』は、ロシアの文豪フョードル・ドストエフスキーの言わずと知れた最後の長編小説です。『カラマーゾフの兄弟』は村上春樹がしばしば言及し、「世の中には二種類の人間がいる。『カラマーゾフの兄弟』を読破したことのある人と、読破したことのない人だ。」とまで言わしめる彼の中でも最も重要な小説のひとつです。この大作を読了した者だけが入会できる、「『カラマーゾフの兄弟』読了クラブ」なるものを村上春樹が提案して、一部のファンの間で話題となりました。主な日本語訳を古い順に並べると、岩波文庫(全4巻)が1957年、新潮文庫(全3巻)が1978年、光文社古典新訳文庫(全5巻)が2006年、となっています。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私は図書館の女の子に『カラマーゾフの兄弟』を読んだことはあるかを聞き、彼女はずっと昔にあると答えます。そしてもう一度読むことをすすめます。「あの本にはいろんなことが書いてある」と述べています。そして目を閉じて三兄弟の名前を思い出すシーンもあります。またそれより前の場面で、「ドストエフスキーの小説の登場人物には殆ど同情なんてしないのだが、ツルゲーネフの小説の登場人物にはすぐ同情してしまうのだ」とも語っています。

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16. ロード・ジム

ロード・ジム

『ロード・ジム』は1899年から1900年にかけて発表されたイギリスの小説家による代表的な小説です。現在のメジャーな日本語訳としては2021年に河出文庫から出版された柴田元幸訳が挙げられます。コンラッドは前作『羊をめぐる冒険』でも小説が登場した作家です。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

日比谷公園で彼女と別れ、ひとりぼっちになってしまった私は空を見上げ、自分が海原に浮かんだ小さなボートのように感じられます。そして「大洋に浮かんだボートには何かしら特殊なものがある、と言ったのはジョセフ・コンラッドだ。『ロード・ジム』の難破の部分だ」と思いをめぐらせます。

その他『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる作家など

マルセル・プルースト

マルセル・プルーストは村上作品ではお馴染みのフランスの小説家で、代表作の大長編『失われた時を求めて』は『羊をめぐる冒険』や『1Q84』でも登場します。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私が博士の孫娘であるピンクスーツを着た女性と初めて会った時に、「音抜き」をされていた彼女が話す言葉が聞こえず、読唇術を使って話している内容を推測していました。その中で私は「プルースト」と解釈した部分がありました

ウィリアム・シェイクスピア

誰もが知るイギリスの劇作家で、『ハムレット』『リア王』『ロミオとジュリエット』『ヴェニスの商人』など代表作を挙げるときりがありません。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私は博士と会った後に、自分の頭から脳味噌を抜き取られて、頭蓋骨を火箸で叩かれる想像をします。そして死について思いを巡らせ、「今年死ねば来年はもう死なないのだ」というシェイクスピアの言葉を連想します

アーネスト・ヘミングウェイ

アーネスト・ヘミングウェイは20世紀に最も影響力を持ったアメリカの小説家の一人で、1954年にノーベル文学賞も受賞しています。『老人と海』や『日はまた昇る』などの小説で知られています。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私は博士からもらった頭骨の置き場に困りますが、ヘミングウェイなら暖炉の上に大鹿の頭と並べておくだろうという想像をしています

レオナルド・ダ・ヴィンチ

誰もが一度は聞いたことのあるレオナルド・ダ・ヴィンチですが、実は『モナ・リザ』や『最後の晩餐』などの画家として有名なだけでなく科学者としても知られるなど非常に多彩な人物です。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

『幻獣辞典』の中の一角獣についての項目で、レオナルド・ダ・ヴィンチによる一角中の捕らえ方が記載されています(実際の本にしっかり書かれています)

レフ・トルストイ

レフ・トルストイは本作でも登場するドストエフスキーやツルゲーネフと同時代のロシア文学作家で、代表作『戦争と平和』や『アンナ・カレーニナ』などで知られています。とにかく村上作品にはたくさん出てくる作家で、ときにトルストイの作品が物語の重要な要素になります。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私は何人かの作家や小説の名前を出しながら、その登場人物に同情できるか否かを考えます。ツルゲーネフの作品の登場人物には同情できると語り、自らが欠点の多い人間だから欠点の多い人間に対して同情的になりがちなことを認める一方で、「トルストイの場合はその欠点があまりにも大がかりでスタティックになってしまう傾向がある」と述べています。

トマス・ハーディ

トマス・ハーディは主に19世紀後半に著作を残したイギリズの小説家です。デビュー作の『貧乏人と淑女』や『ダーバヴィル家のテス』(テス)などで知られています。本作での登場のしかたから、主人公である私はハーディがとても好きなのだとわかります。村上春樹と柴田元幸さんが共同で立ち上げた翻訳レーベル「村上柴田翻訳堂」シリーズにて、最初に復刊されたのがトーマス・ハーディの『呪われた腕』という傑作選でした。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私の部屋にある大事なものは記号士に破壊されるわけですが、コンラッドとトマス・ハーディのひそやかなコレクションは水浸しになってしまいました。大事な本を台無しにされるなんて、、、本当に気の毒です。また私は、ツルゲーネフに加え、トマス・ハーディとフローベールが好きな作家だと答えるシーンもあります

ジークムント・フロイト

ジークムント・フロイトは19世紀後半から20世紀前半のオーストリアの心理学者で、名前くらいは誰もが一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。精神分析学の創始者として、人間の心の中には意識されていない部分が大きく影響しているという考え方を展開しました。著作としては『精神分析入門』や『夢判断』が有名でしょう。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私は太った娘と共に彼女の祖父である博士を助けに行きますが、そこで再会した博士から物事の説明を受けている際に、フロイトとユングについて言及されます

カール・グスタフ・ユング

カール・グスタフ・ユングは、スイスの心理学者としてユング心理学(分析心理学)を創始しました。フロイトと同じく精神分析学を研究しましたが、後にフロイトとは異なる独自の心理学理論を展開しました。人間の心には「個人的無意識」と「集合的無意識」があるという考えが特徴的ですね。村上春樹は、ユング心理学を探求する河合隼雄さんとは対談集も出しているほどですが、一方でユング的な著作は読まないようにしているとも述べています。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

上記のフロイト同様に、博士が私に思考システムについての説明をする中で、ユングの名前も出します

J・G・バラード

タイトルは言及されませんが、「J・G・バラードの小説」という登場のしかたをするイギリスのSF作家ジェームズ・グレアム・バラード。『クラッシュ』や『太陽の帝国』などが有名な小説家です。本作で示唆されている大雨が出てくるバラードの小説といえば、『沈んだ世界 (The Drowned World)』あたりでしょうか。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

自分の運命を知った私は、地下から地上に出て雨が降っていることに気づきます。人生最後の一日くらい晴れてほしい、そのあとは「J・G・バラードの小説に出てくるみたいな大雨が一カ月降りつづいたって、それは私の知ったことではないのだ」と考えるのでした。

ギュスターヴ・フローベール

ギュスターヴ・フローベールは19世紀を代表するフランスの小説家で、『ボヴァリー夫人』などの作品が有名です。フローベールに関しては、村上作品だとデビュー作『風の歌を聴け』の中でも『感情教育』という小説が登場します。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私は図書館の女の子との会話の中で、好きな作家として、ツルゲーネフとトマス・ハーディに加え、フローベールの名前を挙げています

ジョン・アップダイク

ジョン・アップダイクは、「ウサギ」ことハリー・アングストロームを主人公とした『走れウサギ』に始まる四部作で知られています。小説のタイトルは具体的に明示されませんが、ここで言及されている秋についての素敵な描写が出てくる小説というのは、この「ウサギ」シリーズのいずれかで間違いないでしょう。ピューリッツァー賞、全米図書賞、全米批評家協会賞という全米三大文学賞を総なめしたほどの作家です。村上春樹が愛読するアメリカ人作家の一人で、村上春樹の作品集『象工場のハッピーエンド』では「ジョン・アップダイクを読むための最良の場所」という短編のようなエッセイもあるほどです。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私は図書館の女の子との食事の後に彼女の家を訪れます。そこで聴いていたラジオではディスク・ジョッキーが秋に最初に着るセーターの匂いの話をしていて、私は「そういう匂いについての良い描写がジョン・アップダイクの小説の中に出てくる」と言いました。

毎日新聞

日本人であればあえて説明する必要はないと思いますが、毎日新聞は読売新聞と朝日新聞と並んで日本三大紙の一つとしてみなされており、1943年に(前身紙は1872年に)創刊された新聞です。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私は博士からもらったプレゼントを家に帰って開けるわけですが、その箱の上に敷き詰められていたのが三週間前の毎日新聞でした。ということは博士は毎日新聞を購読しているということでしょうか

とある近未来のSF小説

タイトルは明かされず「世界が不要物で埋まって廃墟と化してしまう近未来のSF小説」という手がかりが登場しますが、この本の特定はやや難しいと思います。完全な推測ですが、村上春樹が読んでいそうでその内容とマッチしそうなSF小説は、フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』あたりでしょうか。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

私は記号士に破壊された部屋を見て、「私は何年か前に世界が不要物で埋まって廃墟と化してしまう近未来のSF小説を読んだことがあるが、私の部屋の光景がまさにそれだった」と語っています。

スタンダールのいずれかの作品

本作には『赤と黒』や『パルムの僧院』に加えて、スタンダールに関するさらなる言及があります。タイトルこそ明示されないものの、曖昧な記憶を頼りに内容の一部が語られます。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

博士のもとへ地下の暗い通路を通っていく際に、スタンダールに関して、「暗闇の中で抱きあうことについて何かを書いていた」が「タイトルは忘れてしまった」と私は語っています。

動物たちの考古学

バートランド・クーパー著『動物たちの考古学』架空の本と思われます。巻末の参考文献にまでていねいに記載されており、著者以外にも、「牧村拓訳」という翻訳者や「三友館書房」という出版社名まで明記されていますが、これらもフィクションです。ちなみに「牧村拓」は『ダンス・ダンス・ダンス』で、ある程度の存在感を持って登場する人物と同名です。ローマ字表記をしたときに、牧村拓(Hiraku Makimura)は村上春樹(Haruki Murakami)とアナグラムになっている点も興味深いです。もう一方の参考文献であるボルヘスの『幻獣辞典』が実在する本だけに、『動物たちの考古学』も実在の本と思った人も多いのではないでしょうか。

【『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での登場】

図書館の女の子が私の家に一角獣についての本を持ってきた内の一冊が、バートランド・クーパー著『動物たちの考古学』でした。一角獣が存在しなかったとは限らないという立場からアプローチした本とのこと。村上作品には珍しい参考文献の一部としても記載されています。

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』登場本: まとめ

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と『カラマーゾフの兄弟』など

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』には、村上春樹作品ではお馴染みのロシア文学の巨匠たちドストエフスキー、ツルゲーネフ、トルストイをはじめ、フランス、イギリス、アメリカなど幅広い世界文学の作家たちが登場しました。これらは一生をかけて読む価値のある作家でしょう。

個人的には、一角獣という空想上の生物について調べるときに登場した書籍もまた架空のものかと思いましたが、『幻獣辞典』は実在していたことに驚きました。

村上作品の理解を深めるためにも、より充実した読書生活を送るためにも、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は有益なブックガイドとなりそうですね。

【村上春樹の長編に登場する本や作家のまとめリスト一覧】

第1作『風の歌を聴け』に出てくる小説や作家まとめ

第2作『1973年のピンボール』に出てくる小説や作家まとめ

第3作『羊をめぐる冒険』に出てくる小説や作家まとめ

第4作『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる小説や作家まとめ

第5作『ノルウェイの森』に出てくる小説や作家まとめ


以下、村上春樹関連の記事をまとめたので、興味がありましたら、ぜひご一読ください。

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