WE ARE LONELY,BUT NOT ALONE. 佐渡島庸平: レビュー

WE ARE LONELY,BUT NOT ALONE. 佐渡島庸平: レビュー

『WE ARE LONELY,BUT NOT ALONE. ~現代の孤独と持続可能な経済圏としてのコミュニティ~ 』 佐渡島庸平

 
コミュニティに関する本。大雑把に聞こえるかもしれませんが、テクノロジーによって激変する社会とともに、コミュニティのあり方も変わっていくことがわかる一冊です。
コミュニティに興味があって、とかコミュニティを作りたいからとかいう動機で読んだ本ではなく、きっかけは最近天才編集者と騒がれる箕輪厚介さんが手がけるNews Picks Bookが面白いので本書も手に取った次第です。
 
しかし面白いなと思う点も多々あったので紹介します。
 

「自由」を手にした代わりに「安全」や「安心」を失った

個人はSNSなどで人と繋がっているようで実は孤独だと佐渡島さんは言います。言い換えればそれは「自由」を手にした代わりに「安全」や「安心」を失っている状態です。
かつて日本は村社会で安全安心は保証されていた
→高度経済成長を遂げ、核家族を中心とする極小コミュニティと会社コミュニティへ(生き方の自由度は増したが、安全や安心は減った)
→結婚、出産減で核家族コミュ二ティ減った+終身雇用崩壊+働き方改革
→自由になった代わりに安全や安心はない
今や、
所属しているコミュニティを失いつつある
のだ。
 

あなたに「安全」「安心」は必要か

高度経済成長期においては大きな会社にいることで会社の業績は上向き間違いなしだから、その「安全地帯」に居続ければ一生食っていくことができた。しかし今やそんな安全が保証される会社なんてどんな大企業だってありえない。東芝問題やFacebookの個人情報問題などが記憶に新しいが、一瞬にして終わってしまう可能性がある。
そこで考えなければならないのは「自由」および「安全」「安心」とはなにか、だ。それは個人個人違うと思うし何を重視するかも千差万別であるべきだ。かつては有名大学に入り、大企業に就職し、家庭を持ち、マイカー・マイホームを購入し、という安全で安心ある暮らしというのが重視されていたかもしれない。それはマスメディアの力なのでそうであっただけ。今や誰もが好きなだけ情報にアクセスできるようになって、価値観も多様化している。
つまりいかなる生き方もその人が満足していれば誰も否定すべきではない。しかしいくらでもユニークな価値観を持ち、なんでもできる世の中になったからこそ、全責任は自分にあるし言い訳もできない。それが「自由」だ。一方でそういう生き方が「安全」「安心」につながる人もいるだろうし、そもそも旧来の「安全」「安心」自体が不要な人もいるだろう。「安全」「安心」とはなにか、自分にとってどんなものかを考える必要がある。
 

ラノベに見る価値観の多様化

世の中の多様化に関して、編集者である佐渡島さんはライトノベルを例にあげている。
 
2000年代になって、ライトノベルが、若者にとっての小説の主流になった。(中略)登場人物が何をしたか、どんな感情になったかが主に描かれているものを指すことが多い。
 
つまりマスに対して刺さる小説から多様な価値観を持つラノベへと若者の関心は移っているということだ。従来の小説では登場人物が身につけているものや嗜好品で、どのような人かという背景までわかったものだった。しかしラノベにはそのようなマスメディア的な性格はあまりないように思える。
個人的にもラノベやラノベ原作のアニメなどには興味があるが、本当に価値観が多様である。キャラクターが窮地の状況で「生きて帰れたらデートしよう」的な「フラグ」という一種の「お決まり」はあるがそれもキャラクターの属性を決定するものではない。
 
多様な価値観はニッチな世界を作り出す。作家は好きなように書いてついてくるファンだけついてこい、というスタンスでじゅうぶん成り立つ世界になった。そこでついてくるファンがいるのである。できるだけ多くの人の共感を得たいから、最大公約数的な内容を狙うということをしてない。これが多様性のスパイラルを生み出している。
 
『ソードアート・オンライン』という大ヒットラノベおよびアニメがあるが、あれはVRゲームに入り込んでログアウトができなくなってゲームクリアするまで現実世界に戻れないというプロットである。ゲームクリア条件はダンジョン的なものの第100層のボスを倒す、というものだが、結末は第100層まで行かないで途中である事件が起きてゲームクリアに向かう。
王道では考えられない展開だ。なんとか第100層までたどり着き、大ピンチを乗り越えてボスを倒す、というのが王道ではないか。
しかしそこだけが正解ではない世の中になっているのだ。
 
 
自由で多様性ある社会だからこそ孤独である。お手本や正解はないほど多様だからだ。しかし1人ではない。自由とともに安全安心を得られる場所について佐渡島さんはこう言及します。
 
インターネットの中で「好き」を中心にしてできたコミュニティに可能性があるというのが僕の仮説だ。
 
たしかに好きな者同士集まれるコミュニティがネット上にはあります。最近ではオンラインサロンという言葉を頻繁に聞くようになりました。堀江貴文さんや西野亮廣さん、箕輪厚介さんもオンラインサロンという形でコミュニティを持っています。ネットだけでなく物理世界での交流も活発なように思えます。このようにオンラインとオフラインの境目が溶けていくようになっていくのでしょうか。
 

それではまた!