この記事では、2017年に出版された村上春樹の14作目の長編小説『騎士団長殺し』に登場する小説やその他の本、国内外の作家名などを網羅的に紹介します。
『騎士団長殺し』には、村上春樹が愛読してきた本はもちろん、本作の物語上重要な役割を果たす書物の名前が登場します。『騎士団長殺し』に登場する本や作家を知ることで、読書好きの方はさらに読書の深みを出すための、村上春樹好きの方にはさらに『騎士団長殺し』の世界を深く味わうためのブックガイドとして作用することでしょう。
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『騎士団長殺し』と本の関係
「私」はドストエフスキーの小説の登場人物の名を即座に言い当てるなど読書家のようです。「免色」は上田秋成からプルーストやオーウェルなど各国の文学に精通しているような知識を披露します。また「秋川まりえ」の叔母「笙子」は、「私」が「まりえ」を絵に描く間、本を読んで待ちます。
『騎士団長殺し』の怪異譚的な要素と深く密接している作家や作品が登場します。その筆頭が上田秋成の『春雨物語』や『雨月物語』で、免色によってしばしばその内容が語られます。
『騎士団長殺し』に出てくる本【一覧】
1. メエルシュトレエムに呑まれて
【『騎士団長殺し』での登場】
私は免色と対面して、彼の白髪のあまりの白さが尋常ではないと感じます。そしてエドガー・アラン・ポーの短編小説に出てくる漁師のように、免色もとても深い恐怖を経験して髪が白くなったのだろうかと思案します。
2. 春雨物語
【『騎士団長殺し』での登場】
私と免色は夜に聞こえる鈴の音の発信源を探りに行きます。そして免色はこれと似たような出来事を本で読んだことがあると話します。それが上田秋成の『春雨物語』に収録された怪異譚でした。さらにその話は「二世の縁」という不思議な一篇のことだということにまで言及します。
3. 雨月物語
【『騎士団長殺し』での登場】
免色に『春雨物語』は読んだことがあるかと聞かれた私は、『雨月物語』なら読んだことがあると答えます。
4. 阿部一族
【『騎士団長殺し』での登場】
私は妻に別れを告げられた直後に放浪の旅に出ます。その際、ファミリー・レストランでとある女性と出会ったときに読んでいた本が森鴎外の『阿部一族』でした。自分で買った本ではなく、泊まっていた青森のユースホステルのラウンジに置いてあったものを持ってきたのだといいます。私は『阿部一族』を読み終え、もう一度読み返しているほどでした。
5. 不思議の国のアリス
【『騎士団長殺し』での登場】
私の妹であったコミこと小径は、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』の熱狂的なファンだったと、私は振り返っています。彼女のために少なくとも百回くらいは読まされたといいます。二人が富士の風穴を訪れた際、「あれってアリスの穴みたい」という発言をします。
6. 失われた時を求めて
【『騎士団長殺し』での登場】
免色は私を招いたディナーの場でマルセル・プルーストについて言及します。そして私は「マルセル・プルーストは、その犬にも劣る嗅覚を有効に用いて長大な小説をひとつ書き上げました」と言います。その小説とは言わずもがな『失われた時を求めて』ですが、この表現はプルーストの感覚や記憶力の鋭さを強調するための比喩だと思われます。
7. トレブリンカの反乱
【『騎士団長殺し』での登場】
第1部の最後の章「32 彼の専門的技能は大いに重宝された」は、丸ごとサムエル・ヴィレンベルクの『トレブリンカ叛乱』からの引用で構成されています。そのシーンでは、トレブリンカ強制収容所にてドイツ人の肖像画を描かされるワルシャワ出身の画家が登場します。まさに『騎士団長殺し』で肖像画を描く主人公と重なるテーマを持った一冊です。
8. 1984年
【『騎士団長殺し』での登場】
免色はウィスキーを飲みながら、名産地であるスコットランドのアイラ島について話します。さらにアイラ島の近くにあるジュラ島という小さな島にまで言及し、そこではジョージ・オーウェルが『1984年』を執筆したことについて私に説明します。
9. 白鯨
【『騎士団長殺し』での登場】
私のもとにやってきた人妻のガールフレンドは、「エイハブ船長は鰯を追いかけるべきだったのかもしれない」と言います。その発言に対して私は「世の中には簡単に変更のきかないこともある」という意味に解釈します。エイハブ船長は、ハーマン・メルヴィルの『白鯨』の主人公であり、巨大な白鯨モビーディックに対する執念深い復讐に人生を捧げました。この発言は、エイハブのように無謀で危険な目標を追い求める代わりに、もっと現実的で達成可能な目標(鰯のような)に焦点を当てるべきだったが、そのような方向転換も一筋縄ではいかないという意味を含んでいるのだろうと思われます。また、私は雨田政彦に対して同じ言葉を引用します。
10. 悪霊
【『騎士団長殺し』での登場】
私は、まりえの絵を描いている間は、叔母さんは居間で本を読んで待っているのだと政彦に話します。その直後、政彦はふとドストエフスキーの『悪霊』のことを思い出し、その中に出てくる拳銃自殺をする男の名前を私に尋ねます。そして私はそれが「キリーロフ」だと即答します。政彦はその名前が思い出せなくて、気になっていたと話します。さらに私はドストエフスキーの小説について「自分が神や通俗社会から自由な人間であることを証明したくて、馬鹿げたことをする人間がたくさん出てくる」と付け加えます。
11. うつろな人々
【『騎士団長殺し』での登場】
秋川まりえの叔母である笙子と特別な間柄になっていることを免色は私に告白します。さらに免色は「もう少しだけ正直に」なると言い、自分は「からっぽの人間」だと言います。「T・S・エリオットの言うところの藁の人間です」とたとえます。
12. ナショナル・ジオグラフィック
【『騎士団長殺し』での登場】
免色に家に忍び込んだまりえは、ジムに置かれた日本語版の「ナショナル・ジオグラフィック」のバックナンバーを何冊か、潜伏場所のメイド用の居室に持ち帰って読みます。それらは免色が運動しながら読んでいるそうで、ところどころに汗のあとが見られました。
13. 「スペインの『無敵艦隊』についての本」
私が借りている家の持ち主である雨田具彦の持ち物である「スペインの『無敵艦隊』についての本」とは、どのタイトルを指すでしょうか。この物語が現代のものだとすると、『騎士団長殺し』が出版された2017年以前に出版された本だということは大前提です。雨田具彦は最近認知症が進行し養護施設に入ったということですが、「スペインの『無敵艦隊』についての本」を入手した時期の推測は難しく、よって、数多あるスペインの「無敵艦隊」に関する本の中で一冊を特定することが困難な現状です。以下、有力なタイトルを挙げておきます。
1968年に人物往来社から出版された赤井彰著『スペイン無敵艦隊の最期』
1981年に原書房から出版された石島晴夫著『スペイン無敵艦隊』
1996年に新評論から出版されたマイケル・ルイス著『アルマダの戦い スペイン無敵艦隊の悲劇』
2011年に原書房から出版されたアンガス・コンスタム著『図説 スペイン無敵艦隊 エリザベス海軍とアルマダの戦い』
【『騎士団長殺し』での登場】
まりえが姿を消し、私が免色と穴を見に行った次の朝。私はコーヒーとトーストとともに、読みかけだったスペインの「無敵艦隊」についての本を読みます。この本は雨田具彦の書棚で見つけた本だといいます。
『騎士団長殺し』に出てくる作家【一覧】
1. フランツ・カフカ
【『騎士団長殺し』での登場】
私の前に現れた騎士団長は、会話の中で過去にフランツ・カフカのことをよく知っていたことを仄めかします。そして「フランツ・カフカは坂道を愛していた」と語ります。
2. イマヌエル・カント
【『騎士団長殺し』での登場】
夕食中の私のもとへまりえが訪ねてきます。沈黙を埋めるために私はまりえに話を振ろうとしますが、彼女は反応を示しません。そんな彼女が意味のない発言にどんな反応をするのか気になり、私はイマヌエル・カントの規則正しい生活習慣について話したのでした。
3. ジェイン・オースティン
【『騎士団長殺し』での登場】
私は政彦にまりえについて説明する際に、付き添いの叔母さんと一緒に家に来るのだと話します。それに対し、政彦は「ジェーン・オースティンの小説みたいに」古風な土地柄だと言います。そして「まさかコルセットをつけて、二頭だての馬車に乗ってやってきたりはしないよな」と冗談を飛ばします。
4. スコット・フィッツジェラルド
【『騎士団長殺し』での登場】
政彦は私に、女性の顔が左右半分で違って見える、もっと言えば一人の女の中には二人の女が潜んでいるのだと思うと打ち明けます。そんな話をする政彦は自分を普通の人間だと言いますが、私は「私は普通の人間ですと自己申告するような人間を信用してはいけないと、スコット・フィッツジェラルドがどこかの小説に書いていた」と返します。
その他
私は、まりえに接近するために免色が私を「トロイの木馬」のように利用したように感じるのだと話します。「トロイの木馬」とはトロイアの木馬のことで、ギリシャ神話に登場する有名なエピソードです。トロイア戦争において、巨大な木馬を作り、その中に精鋭兵士を隠すという策略として知られています。村上作品ではしばしば登場するホメロスの『イリアス』に該当のエピソードは含まれ、この「トロイアの木馬」を企てたのは、ホメロスの『オデュッセイア』の主人公オデュッセウスなのです。『騎士団長殺し』でもひそかにホメロスを忍び込ませているとも読めるでしょう。
『騎士団長殺し』登場本: まとめ
村上春樹の長編よろしく『騎士団長殺し』でも、上田秋成や森鴎外といった日本文学における重要な作家から、ドストエフスキーやジョージ・オーウェルなどの海外の文豪の作品まで幅広い小説が登場します。作家名だけですが、フランツ・カフカやスコット・フィッツジェラルドといった村上春樹に強い影響を与えた作家の名前にも言及されています。
特に『騎士団長殺し』では、上田秋成の『春雨物語』が物語の奇妙な現象の連続と見事に重なり合っていきます。『騎士団長殺し』における『春雨物語』は、まさに村上春樹の小説を味わい尽くすにはそこに登場した作品を理解することが重要、という考えを代表するような例です。
興味がある方は、ぜひ上田秋成の『春雨物語』や『雨月物語』の世界を探索し、村上春樹作品を読み解く手がかりを見つけ出してはいかがでしょうか。
【村上春樹の長編に登場する本や作家のまとめリスト一覧】
→第2作『1973年のピンボール』に出てくる小説や作家まとめ
→第4作『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる小説や作家まとめ
→第6作『ダンス・ダンス・ダンス』に出てきる小説や作家まとめ
→第13作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』に出てくる小説や作家まとめ
→第14作『騎士団長殺し』に出てくる小説や作家まとめ
以下、村上春樹関連の記事をまとめたので、興味がありましたら、ぜひご一読ください。
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