この記事では、村上春樹の13作目の長編小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』にて言及される本の名前や作家名を網羅して紹介していきます。
一見すると『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は一巻完結であまり長い長編ではありませんし、図書館が舞台となったりするわけでもないため、あまり本や作家は登場しないのでは、と思うかもしれません。しかしさすがは村上春樹、しっかりと有名どころの作家や古典ジャンル名などが登場します。
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』に登場する本や作家について、さらにはそれぞれ登場シーンについても徹底的に解説していきます。
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』と本の関係
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』も村上春樹作品らしく、主人公「多崎つくる」が読書をする(していた)人物として描かれています。大学時代のとある時期に「夜には二時間ばかり本を読んだ」と語られています。多くは歴史書か伝記を読んだといいます。
また、主要人物の一人「クロ」こと「黒埜恵理」は常に本を手にしていたというほど熱心な読書家だと紹介されています。「つくる」が大学で出会った「灰田文紹」も物理学科を専攻しているものの本を読むのが何より好きだと描写されています。「灰田」は小説というよりは、哲学書や古典を好みます。この「灰田の父親」や、その灰田父がかつて出会った「緑川」という男も読書家であったことが読み取れます。
このように『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』でも、読書が好きな登場人物がしっかり描かれています。
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』に出てくる本【一覧】
1. 聖書
【『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』での登場】
冒頭で語られるつくるが死に迫っていた時期についての箇所で、「巨大な鯨に呑まれ、その腹の中で生き延びた聖書中の人物のように」という表現が見られます。これは『旧約聖書』中の「ヨナ書」のヨナのエピソードを指していると思われます。
2. 調理場
【『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』での登場】
料理が得意な灰田に対し、つくるはレストランを開くべきだと絶賛します。しかし灰田はひとつの場所に縛られることなく自由に生きたいと言います。そして自由を奪われた人間は誰かを憎むようになるという趣旨で、灰田は「コックはウェイターを憎み、どちらもが客を憎む」というアーノルド・ウェスカーの戯曲『調理場』からの引用を持ち出します。
3. ジョルジュ・バタイユの選集
【『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』での登場】
つくるは灰田から、灰田青年(灰田の父親)が20歳を少し過ぎた頃に経験した不思議な話を聞きます。そこで出会った緑川という男が灰田青年に興味を抱いた一因として、「ジョルジュ・バタイユの選集」を読んでいたことが挙げられます。
4. 知覚の扉
【『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』での登場】
緑川は灰田青年に対し、死を引き受けることに合意するのと引き換えに、普通ではない資質を手に入れることができるという話をします。それはつまり「知覚そのものを拡大できるということ」であり、オルダス・ハクスリーのいうところの『知覚の扉』を押し開くこと」だと言います。
5. 失われた世界
【『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』での登場】
つくるは付き合っている沙羅が調査した、旧友たちの現況を聞きます。アオこと青海悦夫とアカこと赤松慶は二人とも、生まれてから名古屋市から出ていないといいます。そしてそのことについて沙羅は「コナン・ドイルの『失われた世界』みたい」と表現します。コナン・ドイルの『失われた世界』は、未開の地に冒険に出かける物語です。彼女から見ればこの二人が住み続ける名古屋という街が、外の世界と隔絶された未知の場所であり、アオとアカの二人にとっては外の広大な世界については知識や経験がないことを示しています。つまり、彼らにとってはその安全で慣れ親しんだ街ことが「失われた世界」であるという比喩だったのではないでしょうか。
6. 羊たちの沈黙
【『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』での登場】
つくるが訪問した駅の駅長は、過去にホルマリン漬けになった指が二本届けられたことがあると話します。そして六本指の話題に焦点が当てられ、その駅長は六本指を持つ人物の例として『羊たちの沈黙』のレクター博士に言及します。
その他特定が難しい本など
7. 「ギリシャ悲劇」
【『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』での登場】
灰田はかなりの読書好きですが、小説はあまり読まず、哲学書や古典、戯曲を好みます。中でもギリシャ悲劇を愛読しています。
8. 「心理学の本」
【『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』での登場】
アオに続き、つくるはアカに会いに行きます。今や企業を対象にした人材教育を専門にした会社の代表取締役であるアカは、人材の養成プログラムを作成するにあたって「心理学の本も読んだ」といいます。
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』に出てくる作家【一覧】
1. ヴォルテール
【『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』での登場】
つくるは大学で知り合った灰田との会話で、「思考とは髭のようなものだ。成長するまでは生えてこない」という言葉を引用しますが、誰が言ったのかは思い出せません。しかし灰田はそれはヴォルテールの言葉だと答えます。さすがは灰田、哲学書を読むのが好きなだけありますね。
2. ウィリアム・シェイクスピア
【『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』での登場】
灰田の愛読するものとして、ギリシャ悲劇に加えて、シェイクスピアの名前も挙げられています。
3. G. W. F. ヘーゲル
【『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』での登場】
緑川は灰田青年が哲学科の学生だと知って、ヘーゲルの世界観についての質問をします。
4. プラトン
【『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』での登場】
ヘーゲルの世界観に続いて、緑川は灰田青年に対し、プラトンの著作について質問します。ミステリー小説ばかり読んでいる姿が目立った緑川も、そのような本を系統的に読んでいたらしいと語られています。
その他『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』に関する補足
村上春樹毎年受賞候補に挙げられる(ただメディアが候補者を予想して騒いでいることには困惑していると語る)ノーベル賞について本作でも言及されていますが、ここではノーベル文学賞を指しているわけではありません。灰田は、自身が専攻している物理学科の分野も、彼の父親が専門とする哲学科ももうからないと語りますが、「ノーベル賞でもとれば話は別だ」だとも言います。
灰田の父親がかつて温泉旅館で出会った緑川と名乗る男は持参した文庫本をひたすらに読んでいたといいますが、その大半は「無害なミステリー小説」だったといいます。タイトルや作家は明かされませんでした。また村上春樹の愛読者であれば、本作で登場するセロニアス・モンクについて、村上春樹自身が編訳をつとめた『セロニアス・モンクのいた風景』という本があることに思い当たるでしょう。
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』登場本: まとめ
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』では、音楽などと同様に、本という存在も重要な役割を果たしています。「シャーロック・ホームズ」シリーズでお馴染みのコナン・ドイルは誰でも知っている知名度を誇りますが、オルダス・ハクスリーの『知覚の扉』や、トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』など、読書に関して玄人が好みそうな作品が登場する印象です。またどこか不穏で暗い雰囲気が漂う作品のラインナップは、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の物語にスパイスを与えているかのようです。
【村上春樹の長編に登場する本や作家のまとめリスト一覧】
→第2作『1973年のピンボール』に出てくる小説や作家まとめ
→第4作『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる小説や作家まとめ
→第6作『ダンス・ダンス・ダンス』に出てきる小説や作家まとめ
→第13作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』に出てくる小説や作家まとめ
以下、村上春樹関連の記事をまとめたので、興味がありましたら、ぜひご一読ください。
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